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Radio Days [独り言]

Radio Days



ここ数年、中高生以来のラジオっ子、っていうかradikoっ子になった

特にスマホとradikoの登場以来、ラジオを聴く時間が増えた。



お気に入りの番組を列挙させて頂く。



■TOKYO FM

山下達郎のサンデーソングブック

The Life style Museum(ピーターバラカン)


■InterFM

Barakan Beat(ピーターバラカン)


■NACK5

K's Transmmision(坂崎幸之助)


■ニッポン放送:

吉田拓郎のラジオでナイト

飯田浩司のOK! Cozy up !(ゲストでチェック)

須田慎一郎のニュースアウトサイダー

笑福亭鶴瓶の日曜日のそれ


■ラジオ日本

宮治淳一のラジオ名盤アワー

クリス松村の「いい音楽あります」

全米トップ40 デラックスエディション


■ラジオNIKKEI

伊藤洋一のRound Up World Now

週刊日経トレンディー

よみラジ

テイスト・オブ・ジャズ


■文化放送:

おはよう寺ちゃん活動中(ゲストでチェック)

ラジオのあさこ

須田慎一郎のこんなことだった 誰にもわかる経済学


■TBSラジオ:

森本毅郎のスタンバイ(7:00以降)

伊集院光とラジオと(8:30~9:00頃まで)

荻上チキsession-22(最近は内容によって選別)


■NHKラジオ

語学講座(英語、中国語、韓国語)

カルチャーラジオ 歴史発見

カルチャーラジオ 科学と人間

著者からの手紙



多分私みたいな人はマイナー人種だろう。

でも確実に存在する人種でもある。


中高生時代、ラジオはながら勉強をしていた時代に本当に良く聞いていた。

私は長野県の山深い場所で育った人間なので、

当時、ラジオの民放AMは直接的には信越放送しか聞けない。

というか、現代でも長野県の民放AMは信越放送しかないが・・。

(まだ長野エフエム放送は開局していなかった)


従って東京の放送局は基本的に信越放送がネットするものしか聞けなかった。

信越放送のネットの中心はニッポン放送だった。

従って当時のニッポン放送の番組は私にとっての大切な情報ソースだった。


オールナイトニッポン、コッキーポップ、たむたむたいむ、などだ。

コッキーポップはポプコンというYAMAHA主催の全国オーディションの模様を

地方選考などの様子を織り込みながら全国大会までを網羅する番組で、

大石吾朗さんがMCだった。

この番組からは数多くのアーティストが輩出され、中島みゆきさんや八神純子さんなどが

現在でも活躍している。


深夜11時にジェットストリームをやっていたのを記憶しているが、

これはTOKYO FM(当時はFM TOKYOだったかな?)をネットしていたのだろうか?

城達也さんの低音の響きは美しく、流れる音楽は私の洋楽の基礎になった。

サイモンとガーファンクル、ザ・カーペンターズ、S・ワンダーなど、

1970年代の主要でメジャー洋楽アーティストを知る機会はこの番組にあった。
今でも当時のカセットでサイモンとガーファンクル特集があるのだが、

40年ぶりに聞くと、当時の音で再現された。


私のような田舎者の中高生だと、

ヘビーな洋楽ファンやレコードコレクターに出会う事はほぼない。

従ってどうしてもメジャー級アーティストしか聞くチャンスがないのと、
ジェットストリームではハードロック系は一切放送されなかったので、そっち方面には極めて疎かった。

(ロック系はオールナイトニッポンで放送される曲か兄が聞いている曲しか知らなかった)


信越放送は、オリジナル番組も放送していたが、一番記憶のあるのは、

故・はしだのりひこさんの番組で、長野県全域に出向き、地域地域から

アマチュアの演奏家を出演させ放送していたものだった。

はしださんの番組で良く記憶しているのはイーグルスの「ホテルカルフォルニア」の特集だ。


当時の私にはちょっと大人な音楽でイーグルス自体に馴染みがなかったが、

はしださんの丁寧な解説によって本作に注目をするようになった。

また中学生時代、ゲストDJとしてこの番組に出演した記憶は私にとって宝だ。


18歳で東京に来てからラジオのお世話になる機会は減った。

1つには東京のテレビ放送局へのアクセス数の多さだ。

田舎の時代のテレビチャンネルは、民放1局、UHF1局、NHK2局だけだった。

東京に来た時はテレビ番組が選び放題になり感動した記憶がある。


加えてそれまでラジオが紡いでいたサブカル文化の中心が

テレビの深夜放送に移行しつつあったことも理由にあった。

それでもラジオメディアはまだ強いリーダーシップを持っていた。


1990年代中盤以降、私はひょんな事からラジオ番組の仕事をするようになるが、

2000年代に入ると再びラジオからは遠ざかってしまった。


それから10数年が経過し、私は前述のようにラジオに大きな親和性を抱いている。

その理由は、新聞、テレビがラジオに比べて私の期待に沿ってくれなくなったからだ。

特に2つのジャンルだ。

1つは音楽、1つは政治経済と報道の分野だ。


音楽に関して言えば、私のような1959年生まれの世代に刺さる音楽番組を放送しているテレビ局はない。

例外ば一部のBS放送局だけだが、少数だ。

テレビメディアは現代を切り取るため、過去には目を向けにくい。

従って自然とラジオに耳が向く。


山下達郎氏のサンデーソングブック、宮地淳一氏のラジオ名盤アワー、

坂崎幸之助氏のK's Transission、全米トップ40 The 80's、ピーターバラカン氏の一連の番組など、

所謂フォーク・ロック世代の私にとってこれらの番組は、内容の質、解説のレベルの高さで外せない。

1週間、これらの番組を聞いているだけで50~60曲程度のGood Musicに出会える。


YOU TUBEもあるだろうという人もいるだろうが、YOU TUBEだと自分の好みの範囲を脱するのが難しい。

自分がアクセスしそうもない音楽に出会うためには

高度な音楽情報を持った優秀なDJの選曲によるラジオの音楽番組ほど最適なものはないと思っている。

だから必然的に現代のヒット曲には全く疎い。K-POPの方を良く知っているくらいだ。


さて、政治経済と報道の分野をラジオに頼るようになった事についてはキッカケがある。

ニッポン放送で2017年3月末まで約6年間放送していた「ザ・ボイス そこまで言うか!」だ。

特に印象的だったのは、有本香氏という人物だった。

彼女は小池百合子氏が東京都知事に立候補し、大旋風を巻き起こし、主要メディアが持ち上げている中で、

ただ一人と言って良いほど小池氏に批判的な人物だった。

当時の私でさえ、有本氏の小池批判については、ちょっと度が過ぎると感じていたのだが、

その後小池氏が知事に当選すると、豊洲移転、オリンピック関連等の差配において、

有本氏が指摘していた通りの問題が勃発し、結局彼女が予言していた通りの事が起きた。

その過程を経験し、彼女の卓説した視点に開眼した。


彼女はテレビメディアにも時折登場するが印象的な扱われ方をされてこなかった。

それに比してラジオメディアは、彼女の主張と根拠やその後の事象をある程度の時間をかけて

解説、分析してくれるので、リスナーには刺さり易かった。

また有本氏周辺に集う経済学者、政治評論家たちが指摘している様々な視点は、

テレビ新聞メディアでは殆ど報じない内容で、

ラジオコメンテーターのほとんどはメジャーならテレビ番組では見かけない。

こうした点は私の興味を引いた。


当然彼らと反対の立場を貫く様々な同業者がいるのだが、自分自身で様々に勉強し、検証をしてみると、

「ザ・ボイス そこまで言うか!」に登場していた青山繁晴氏、上念司氏、高橋洋一氏、宮崎哲哉氏、長谷川幸弘氏らの主張や解説は、十分に聞くに値するものだと分かるようになってきたのだ。

彼らに共通しているのは「観念的でない」点だ。

出来る限りファクトと数値と一次情報に基づいた情報に基づいて発言をしようとしている。


左派系からは政権寄りと言われているが、彼らは決して政権の全てを是としていない。

特に青山繁晴氏、高橋洋一氏、有本香氏の発言には注目している。


ラジオ以外で唯一と言っていい素晴らしい政治経済番組があった。

BSフジの「プライムニュース」だ。

当然この番組には「ザ・ボイス そこまで言うか!」のレギュラー陣の一部も出演している。

「プライムニュース」の素晴らしい点は、賛成反対の両方を取り上げている点、

また当時の司会の反町理氏の質問力にあったろう。

残念ながら2018年4月から司会が交代したため、質問力はゼロになってしまったが、

それでもゲストには目を見張るべき人物が出るので、チェックはしている。


その上で信頼に足る知識人がネットで展開している情報ソースへのアクセスにもつながった。


こうした視点(ラジオとネット等)を加味してテレビのニュース番組や

報道コメンテーターやジャーナリストと称する人たちを起用している番組の

情報を見ていると、確度が怪しいと感じ始めた。


特に第2次安倍政権初期に日銀の金融緩和を完全否定していたような経済学者が言っていた、日本の財政への懸念やハイパーインフレ論、国債の引き受け手がなくなるなどの主張は全て誤りだったと分かり、

これらについて一番正確な主張をしていたのは高橋洋一氏だということも分かった。

高橋洋一氏はとても変わったオジサンなのだが、数理で導く主張には他の追随を許さない視点があり、

常々私の関心の的になっている。

もちろん彼の主張は元の職場である財務省から忌み嫌われており、マジョリティーにはなってないが、

少なくとも財務省の紐付き経済学者より遥かに精度の高いロジックと情報を出している。


また国会議員の青山繁晴氏は、非常に広範な情報網からメディアでは絶対に出ないような解説をしてくれる。

ラジオ番組にも放送の時間制限があるが、テレビに比べれば主義主張を語る時間は長いため、じっくり話が聞ける。

もちろん上記と全く反対の意見を持つ人たちもおり、彼らの話も聞くことが可能だ。


宮崎哲哉氏の解説で最も印象的だったのは、日本経済新聞が買収したフィナンシャルタイムスが、

アベノミクスを分析し、高く評価した連載をしていたのにも関わらず、

日経新聞ではそれについて一切取り上げなかったというものだ。

こうした情報の選別は新聞側の編集権なのかもしれないが、

同族会社の情報を意図して無視するような日経新聞には余り信用度が置けなくなった。


こうした情報もラジオのようなメディアでないと聞けないかもしれないものだともいえる。


こうした点においてラジオメディアは非常に面白いのだ。

TBSはテレビもラジオも含めて政権に批判的だから批判的な視点を知る事が可能だし、

ニッポン放送と文化放送は政権に対して是々非々的なポジションで面白い。

ラジオ日本はその中間と言ったところだろうか?


政権に批判的な視点の先頭にいるメディアは新聞なら朝日、毎日新聞、テレビならTBSとテレビ朝日だろう。

朝日新聞は、もはやクオリティペーパーとは言えない報道が目立ち、

巨大なプリズムで世の中を見せている感じになってしまっているので私は全く読まない。

毎日新聞は昔から読んだ事がない。

昨今の40代以下で新聞を読んでいる人はほとんどいないらしいからいずれ新聞は消滅すると思うが、

そろそろ本気でクオリティペーパーを目指す良い時期だろう。

そもそも日本は何紙の新聞社があるんだろう?

あんなに要らないと思う。

ちなみに高橋洋一氏は新聞を一切読まないそうだが、全く困った事がないと言っている。

逆に池上彰さんは全紙チェックしているという。


TBSとテレビ朝日の報道関係の視点は、左派色が強過ぎてバランスを欠いているように思う。

事実と評論の区別がなく、また情報編集の度合いが強すぎて印象操作が激しすぎる。

この2局に限らないのだが、ニュースの司会者が情報に対して意見評論をするが邪魔だ。

以前の私はこの2つの放送局をとても支持していたのだが、

ここ数年、テレビ報道を俯瞰するると、とても見るべき報道の質になっていないと思う。


現代でもテレビでは言えないが、ラジオならOKという文化があるのが日本の変なところだが、

そういう点でラジオは特異なポジションにあると思う。

しかしラジオメディアは衰退メディアである。これは事実だ。

ネットがメディア化する現代において競争は厳しい。

それでもラジオが持つ独特の文化や発信力には期待をしている。


こうしたお陰で私はテレビの報道番組を殆ど見なくなった。

チェック程度に見るのはNHKのニュースと、民放の定時ニュース程度で、

報道ステーションは後藤キャスターの能力に見切りをつけたので視聴を止めた。

またNHKのニュースでさえもかなりのバイアスがかかっていることも良く分かるようになった。


現在私は、情報ソースとして、ラジオ(+radiko)、ネットニュース、YOU TUBE、書籍(雑誌含む)が中心だ。

新聞は週に1度日経の書評と書籍の広告を読むためだけに買う。

テレビのニュースは、どんな情報出しをしているかの確認をしているだけになった。


また、テレビ局や時事通信が出す世論調査は全く信用しなくなった。

理由は単純で、彼らの調査は総務省の年齢別人口分布に全く一致していないことが分かったからだ。

アンケートは電話での対応が多く、回答するのは必然的に高齢者が多くなる。


若い連中の母数が少ない世論調査は、調査として正確でないのだが、

それでもテレビ、新聞は平気でそれを出す。

しかしラジオになれば、その情報に関するキチンとした解説と背景を言う人たちがいて良く理解できる。

彼らの解説を信じられそうだと思った根拠は、実際に金をかけて同じような調査をやってみた人がいたからだ。


テレビ報道では絶対にそういう情報は出ない。

またネットで同じような調査をやるとテレビ局や時事通信が出す世論調査とは全く一致しない。

ネットの調査をどの程度信頼できるかは難しい面もあるが、

テレビ局や時事通信が出す世論調査が余り当てにならないことだけは確かなようだ。


ラジオメディアに親和性が出たのは年齢的なこともある。

ずっとテレビを見て集中するのが辛いってことだ。

またテレビを消す癖がつくと、無くても寂しくない事に気が付く。

私は今でもテレビっ子な部分があるが、

年齢と共にテレビへの依存は減ると思い始めている。





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大瀧詠一さんと仕事をした ある日の出来事(3) [独り言]

大瀧さんの自宅スタジオのコントロール・ルームは、コンソール、アナログの録音機(確かTASCAMの16chだったかな・・)、モニタースピーカーなどの機材関係と大瀧さんが入るだけのスペースしかなかったので、アレンジャーのTさんと私は部屋前の廊下に機材を置いて作業を補助させてもらった。

アナログのテレコにローランドのSBX-80から出力したSMPET信号を録音し、その信号をSBX-80に戻し、MIDI経由でNECのパソコンで動作していたカモンミュージックのシークエンサーを同期させて動かした。

PCの打ち込みは大瀧さんから譜面を渡されたアレンジャーのTさんが行い、音源出しは私がやったように思う。サンプラーはAKAIのS900だったろう。他に使った機材はYAMAHAのDX-7ⅡやRoland D-50辺りを使用してたと思われる。
作業をしながら大瀧さんが今回の音楽制作を頼まれた経緯を聞かせてくれたが、細かい話は記憶の彼方だ。


ランチの時間は、大滝さんが常連にしているというステーキハウスに連れて行ってくださった(と記憶している)。
このステーキハウスは水道橋博士の書籍の記載にも登場するが、大瀧さんが常連だったのは本で初めて知った。
結構なボリュームのステーキだったし、当時の私には物凄いごちそうだった。
食べながら何の話を聴いたかは殆ど記憶がないのだが、アレンジャーのTさんが「こいつ、大瀧さんの大ファンなのですけど、達郎さんも好きなんですよ。なっ!」と話を振ると、大瀧さんが「達郎ねえ・・、そうかあ・・、達郎はねえ・・」と達郎さんについて何かをお応えになった事はうっすら記憶しているが、達郎さんへのコメントの中身は忘れてしまった。
覚えているのは大瀧さんは達郎さんを「達郎」と呼んでいた事だ。私は心の中で、”そうかあ、大瀧さんにとって達郎さんは「達郎」なんだ・・、凄いなあ・・”と思っていた事と、大瀧さんの喋り方が達郎さんとそっくりなトーンなので、ひょっとしたら達郎さんの声やしゃべりって大瀧さんの影響があったのかな???何て考えながら聞いていた。

今考えると、大瀧さんの名盤、名曲の数々について根掘り葉掘り聞きたい事は山のようにあったはずなのだが、目の前のご本人にそんな事を聴いて良いのかどうかに迷っていたため、全く聞けなかった。
私のこの躊躇の理由は、それ以前に読んだことがある竹内まりやさんのインタビューに由来する。
その昔、達郎さんが初めて竹内まりやさんと仕事をした時、竹内まりやさんはSUGAR BABEのライブに出かける位、ミュージシャンとしての達郎さんが好きだったので、スタジオで出会った達郎さんにサインをお願いしたらしい。
すると達郎さんは彼女に対して、”プロの仕事の現場でミーハーな事は止めなさい”と窘めたというのだ。
私はそれを読んで、そうだよなあ・・と思ったのだ。

それでもあの時、大瀧さんが提唱していた分母分子論や作品の作られる過程なんかをご本人からお聞き出来ていればと思うと残念だ。
実際、私はご本人を目の前にして結構緊張していたんだと思う。


レストランの支払いは大瀧さんがなさった。


午後は引き続き作業を続行。何曲の作業をやったのかまでの細かい記憶はないが、
作業途中のお茶の時間に、コロンビア時代に出した作品のレコーディングのお話しをしてくださった記憶はある。
「あの、えっほえっほっていうヤツは、ここの廊下にマイクを2本立てて向こうの方から移動しながらやってもらったんだよ」とか、
「ここでねえ、デビュー前の鈴木君(ラッツ&スター)に歌ってもらったんだよ・・、達郎にもここでコーラスやってもらったしねえ・・」など、
多くのファンが聞いたら倒れそうなエピソードを現場で聞く事が出来た私はどれだけ幸せだったか・・。

録音作業で覚えているのは、AKAIのサンプラーで私が持っていたウッドベースの音を出した際に大瀧さんが、
「このウッドベース、結構ピッチいいねえ、本物だとこういうピッチにならないんだよねえ・・。これはいいねえ」と話されていたことは記憶している。


さて、変な話だが、この日の写真は一枚もない。
今考えると惜しい気もするのだが、仕事場にカメラを持って行って記念写真を撮らさせて下さいというような行為をするのは仕事の環境下では自分として良しとしなかったからだろう。
これは前述の件に由来することだ。
それはそれで正しい行動だったのだが、今となっては、自分が日本のロック史の現場の目撃者の1人となっていた事を考えると記録として写真を残しておけばよかったとは思う。


時間は夕刻近く、16時位だったと思う。
最初に入った時に見えた広い居間で音源のチェックを兼ねてプレイバックしながら休憩して時、当時中学生だった娘さんが帰宅してきた。

大瀧さんは娘さんにパパと呼ばれていた。どうやら翌日から修学旅行に行くらしくそんなお話しをなさっていた。
さて会話の途中で先ほどまで録音していた音源をプレイバックしている時、「君は天然色」で日本中に有名になったあの名物フレーズ「ジャンジャン、ンジャジャンジャン、ンジャジャンジャン」が奏でられた。

それを聞いた娘さんは間髪入れず、「パパぁ~ またこれなの??」と言うではないか!

私とT氏はそれを聞いて、心の中で「オイオイ、大瀧さんにそれを言うかぁ~」と思いながら苦笑しながら見守っていたが、大瀧さんは「いいの、パパはこれで!」と応え、娘さんにしか言えないその鋭い評論に一同は笑いに包まれたのだった。
この時の光景は鮮明に脳裏にある。
その娘さんが最近ご結婚なさったという報を聞き、私も歳を取る訳だ・・と思った次第だ。


今回のレコーディングで作った名物フレーズである「ジャンジャン、ンジャジャンジャン、ンジャジャンジャン」のサウンドは、サンプラーのオーケストラヒットや他の楽器群などのシンセサウンドを中心にして作ったのだが、大瀧さんの背中を見ながらスピーカーから音が流れて来た時は、本当に幸せで嬉しかった。

あれは言葉で言い表せないような幸福な時間だったと言っていい。

あの時の譜面の「絵ずら」は何となく記憶に残っている。結構オープンコードなんだなあ・・って思ってみていた。
作業は夜にまで及んだが、ちょっと遅めの夕食を取る頃には終了。

この日にファイナルミックスまでやったかは定かではないが、多分音素材の録音のみでミックスは後日大瀧さんがお独りでやられたのだと思う。

夕食は大瀧さんが大好きな野球でも見ながら店屋物ということで、確か、トンカツかカツドンか何かを注文して頂き、昼間に見せてくれたプロジェクターのある部屋で広島、巨人戦を見ながら皆で身ながら夕食した記憶がある。
確かこの部屋はサラウンド仕様になっていたはずだ。また部屋にはレーザーディスク類とVHS類が棚にビッシリと保管されていたと記憶している。

そう言えば大瀧さんって無類の野球も好きだったっけなんて思いながら一緒に野球を観戦していた。
当時、50inch以上のスクリーンで見ることが可能なプロジェクターの存在は非常に珍しく、私は初めて大瀧さんの部屋で体験したが、投手の投げる変化球の軌跡が物凄くハッキリと見えたのには驚いた。

とにかく大瀧さんは新しいテクノロジーを自分で手に入れて使う事が大好きだったようだ。

そうこうし、夕食も終わり、機材を撤収し、帰宅の途へ着いた。
楽器車のヘッドライトに映った大瀧さんの見送っていた姿がまだボンヤリ脳裏にある。


私の大瀧さんとの体験はここまでだ。
この時の音源が何処にあるのか? 
大瀧さんの死後、誰かに発見されて管理されているのかは私には分からない。
大瀧さんのことだからキチンと保管していただろうと思う。


大瀧さんは、お話をする時のテンポや仕事をする時のテンポは私が会った他のミュージシャンの誰とも違っていた。本当に不思議なオーラを持った方だったし、とても魅力的な方だった。
会話の端々に触れていると、音楽とそれを取り巻く環境との化学反応や現象に興味を持たれていた方だったように思う。
また本当に色々な音楽や映画に万遍なく触れているのが会話をしているだけで良く理解できた。

今にして思うと、たった1日だけだったがなんとも贅沢な体験が自分の人生にあったことかと思う。


私は宝くじやチケットの抽選には全く当たらないが、こういう運は多少あるみたいだ。


大瀧さんという偉大なミュージシャンが生きている時代に生まれた自分の幸運も含めて。




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大瀧詠一さんと仕事をした ある日の出来事(2) [独り言]


私は、自分で大瀧さんのファンだとか言いながら、当時の私は大瀧さんのミュージシャンとしての来歴や全ての活動を完全に知り抜いていた訳ではなかった。
既に聴いていた音源は「はっぴえんど」関係、コロンビアから出ていた作品数枚、
そして「A LONG VACATION」と「EACH TIME」というところだ。
80年代に入って、来場者全員にFM電波で飛ぶイヤフォンモニターを装着させた画期的なライブをやっていたが、応募の抽選に漏れて入場出来なかった。確か中野サンプラザホールで開催されたと記憶している。

私が初めて「A LONG VACATION」を聞いたのは22歳の時だったが、
アルバム全体の出来の凄さに呆然とし、腰を抜かした記憶がある。
大瀧さんも達郎さんもアメリカンロックを共通にしているのだが、達郎さんとも全く違う独特なメロディーと世界観に圧倒され、本当に何度も聞いたアルバムだった。
後年坂崎幸之助氏が「君は天然色」のサウンドを解説した音声がYOU TUBEに上がっていて初めて知った事実に驚いたが、大瀧さんのサウンド構築のアプローチは本当に凄いなあ・・と思っていた。
当時にしても今にしても大瀧さんの音楽とはそういうものだったのだ。


「A LONG VACATION」が制作される過程は、発売30年後の記念イベントで自ら作ったラジオ番組風の音源で語っていたが、これについてはいずれ文字お越しをしようと思っている。
(この時の音声は「Road To A Long Vacation」というタイトルで、30周年記念時のイベントのために制作されたラジオ番組風の音声で、一時期YOU TUBEで聴けたが現在は見当たらない。素晴らし番組だったので残念だ。)


大瀧さんがコロンビア時代に発売したアルバム群はご本人が認めているように実験的な要素も多く、
一般的に訴求しにくい内容であったため、結果的に余り売れなかった。
そのため1970年代後期の時点で大瀧さんが経済的に困窮していた事実は、後のインタビューで知った。

コロンビアとの契約を満了する最後のアルバム「LET'S ONDO AGAIN」がリリースされると時を同じくして、ON・アソシエイツ音楽出版のプロデューサー、故・大森昭男氏が大瀧さんに依頼し続けたCM音楽は、大瀧さんが考える次の時代の自分の音楽を発見する機会となり、これによって作品を貯める事が出来、やがてこの時期に作った音楽群が「A LONG VACATION」となって花開く過程は、後年、「A LONG VACATION」の30周年記念のイベント用の番組でご本人が語っていた通りだ。(掻い摘んで言えば、3年近くの間に依頼されたCM音楽の制作過程でアルバムの作品の骨子や方向性をつかみ、それをまとめたのがA LONG VACATIONだったということだ)


実は当時の私は、大滝さんとは初対面ではなかった。
ボーヤ家業を始めた1984年春、今は無き六本木ソニースタジオのロビーでで何度かお見掛けしていたからだ。
しかし面と向かってお話しする機会は今回が初めてだった。

大瀧さんは非常に包容力のある感じで出迎えて下さった。

一般的な意味でいうプロのミュージシャンにありがちな、相手を値踏みするような、ちょっと神経質そうな空気を細胞から発するような感じはなく、ごく自然で普通の感じを持った人と会う雰囲気だった。
確か、「遠い所をわざわざすまないねえ・・」みたいな事を仰っていたかもしれない。

ハウスの奥側にあった部屋には、あの有名な16チャンネルのアナログレコーディング出来るスタジオがあった。
これが噂の大瀧さんの自宅スタジオ「福生45」かあ・・と思いながら、持ってきた機材を搬入してセッティングした。

セッティング後、大滝さんはご自身の仕事場を一通り見せてくれたような気がする。

レコードコレクターとして名に恥じないコレクションが陳列していたレコード部屋、
録画された大量のVHSテープとレーザーディスク(まだDVDは無い時代だった)で占められた部屋、
当時はまだ珍しいかった50インチプロジェクターでテレビを見る事が出来る部屋など、
大瀧さんに関する噂の出どころとも言える伝説的な部屋の数々を目撃することになった。
確かテレビ室は当時では珍しい衛星放送も見る事が出来るようになっていたはずだ。


大瀧さんは自宅のスタジオでシンセやパソコンを同期させた形でのレコーディングした事がなかったので、
この日に進めたい作業の中身の概要を大瀧さんから聴き取り、
我々からこういう方法なら進めらそうですと伝えながら進行していったと思う。
と言っても、元々機材オタクの大瀧さんなので持ち込んだ機材に対する飲み込みは速かったと思う。

大瀧さんの自宅スタジオは小ぶりのコントロール・ルームとボーカルが録れるブースがあった。
コントロール・ルームはコンソールと16チャンネルのテープレコーダーがあり、
プロのスタジオにもあるようなコンプレッサー機器などもあったと思う。

このコントロール・ルームにあった主要機材は、コロンビアとの12枚の契約時の契約金を原資にして
手にいれたものだったようが、当時はそこまで知りえなかった。
印象的だったのは、丁度デジタル録音機器が出始めた時代だったので、SONYから発売されていた持ち運び可能な業務用のデジタルレコーダー(シルバーで1辺20cmもないくらいの四角い機器だったような・・)と出始めたばかりの民生用のDATデッキがあったのを記憶している。当時はプロのスタジオにもまだ民生用のDATデッキが常設される前だったので、大瀧さんの機器へのアクセスはかなり早かったように思う。


つづく。

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大瀧詠一さんと仕事をした ある日の出来事(1) [独り言]

大瀧詠一さんと仕事をした ある日の出来事(1)


私の人生でたった1度だけ大瀧詠一さんと仕事をする機会があった。
私の人生にとって相当に大きな出来事だったが、その割に記憶が風化し始めている。
あの日から30年も経過したこともあるだろう。

今となっては夢と幻のような感じだ。

ご存知の通り、大瀧さんは2013年12月30日、突然ご逝去された。
訃報に触れたその日、私はたった1日だけ(正確には半日強)だったが、
大瀧さんと過ごした日の事を年末の帰省中のバスの中で反芻したものだった。


当時の私は、教授(坂本龍一氏)がヨロシタミュージックとのマネージメント契約を離れて独立したため、
同社の楽器部門を法人化した小さな会社に転籍して働いていた。
大瀧さんと仕事をする機会を得たのはこの時代なので、年代は1988年だろう思う。
月日は正確に覚えていないのだが、多分4月後半だったろう。

その日は春の陽気でYシャツ1枚でも過ごせるほどの暖かく、季節的にはうららかな日だったと記憶している。

大瀧詠一さんとの仕事のチャンスは、当時シンセのプログラマーとして働いていた時代に
懇意にして頂いていたアレンジャーのTさん経由でもたらされた。
今にしても当時としても、大変に感謝の念で一杯だ。


この時の情報によれば、大瀧詠一さんが知り合いの女優さんからある仕事の依頼もしくはお願い事を受けていて、シンセ関連で助けてくれる人を探しているというものだった。
どうやら大瀧さんは、お知り合いの女優さんが主催・出演する舞台の音楽制作を引き受けたようなのだ。
また大瀧さんはその音楽制作を殆どタダ同然(多分ボランティア)で引き受けていたようだった。
確か、その女優さんの名前は吉田日出子さんだったような記憶があるがちょっと定かではない。
従って私たちへの依頼もボランティアが前提だったので、人探しに苦労をしていたらしく、様々な人経由して我々にお鉢が廻ってきたようだった。

大瀧さんは、本来なら生演奏で音楽の録音したかったようだが、経済的な状況が許さず、
ご自身のプライベートスタジオを利用してコンピューターミュージックで作ってしまおうと考えたらしいが、
さすがの大瀧さんもシンセのオペレーション等には長けていた訳ではなったようで、
その分野で助けてくれる人間で尚且つボランティアで出来る人を探していたようなのだ。


この話をT氏経由の情報として事務所から聞かされた時、私にとって大瀧さんの仕事場に行けてお仕事をさせて頂くような機会は人生に二度とないだろうチャンスだと考えたし、それに勝る好奇心もあったので是非引き受けたいとも思った。
幸い当時の会社は1つのチャンスと経験だからと無償業務提供を容認してくれた。
これも私にとってありがたい事だった。

私自身、元々大瀧さんのファンだったこともあるが、このオファーに参加できることは素直に嬉しかった。
そしてアレンジャーのTさんと共に福生にあった大瀧さんの仕事場があるスタジオ、通称「福生45」に行く事になったのだ。


当時の大瀧さんは、80年代前半に発売した「A LONG VACATION」と「EACH TIME」がミリオンセラーで大成功していた余韻が残っている頃で、その後、松田聖子さんらに曲を書いてヒットをさせていた時代でもあった。
70年代に早すぎた日本語ロックに挑戦していたことで燻っていた”はっぴいえんど”というバンドのメンバー各位は、つまり細野晴臣氏、松本隆氏、鈴木茂氏らはそれぞれYMO、作詞家、ソロギターリストとして世間に見える活躍をしており、やっとその才能を世間に知らしめて日の目を見ていた時代だった。

音楽業界内では、ミュージシャンもスタッフも含め、大瀧さんは憧れのミュージシャンであった。
当時においても大瀧さんは自分のペースでしか仕事をなさっておらず、殆ど福生から出てこないので「仙人」とも称される生活を送っていた方だった。これは当時では珍しく自分のスタジオを持った事が大きく影響していたと思う。

当時のミュージシャンを含めた音楽業界人で大瀧さんのファンや尊敬の念を表明する人々はそれこそ無数にいるのだが、実際に会ったり、コンサートを見たり、ましてや仕事をした人は非常に限られていただろう。
そもそもレコーディングスタジオでの本人の歌入れは絶対に第三者に見せない作業をするので有名だったし、
コンサートも滅多に行う事がなく、仕事の哲学もハッキリした方だったので伝説的な話は当時ですら多かった。


2018年になってたけし軍団の一員である水道橋博士さんが著した「藝人春秋2」を読んだのだが、高田文夫さんの紹介で大瀧さんの福生の仕事場に行かれた際の記述があったのだ。
彼が本の中で著していた光景は、私がご訪問させて頂いた時の光景そのままで懐かしい気持ちで読んだし、私の記憶に薄れていた部分を補ってくれて随分と助かった。


さて、当日、会社所有の日産のハイエースに楽器を乗せて一路福生に出かける。
Tさんは自分の車で現地に行ったと記憶している。
当時はカーナビなんて洒落たものも携帯電話も無い時代だったので、
事前に渡された住所と電話番号と簡単な地図が記されたファックスを見ながら運転した。

指定された福生市の米軍ハウスの一角の一軒家を借りた大瀧さんの仕事場と呼ばれる場所に到着したのは、
午前10時頃だったろうか?
初めて見る横田基地に沿った道を進んだ先のある一角に目的場所があった。
周辺には同じような規格の住宅が数多くあったように思う。
何か、アメリカのロスアンジェルスに来たような錯覚を覚えた。

(ちなみに当時の私はまだロスに行った事が無かったが、映画で見た感覚が刷り込まれたいたのだろう)

件の建物の中に入った時の事は鮮明に記憶している。
玄関を入ると20~30畳ほどはありそうな居間のように広い横長の部屋があり、
その右の一角には放送機器として使われているターンテーブル、テープマシーンが並べられており、
また奥の壁際の棚にはラップで包装された未使用と思われるビデオデッキや様々な機器が積まれており、
1機種当たりで2~3台は積まれていたように思う。
どうやら同じ機種を数台買い、保存用としていたようだ。

入口の左手にはソファーが置かれていたが、その他の場所は整然と機器に囲まれていた部屋と言って良いだろう。

大瀧さんが機材マニアである噂は以前から聞いた事があったが、視覚的にそれが分かるような部屋だった。

その入口から”こんにちわ”と声をかけると暫くしてジーパンと格子模様のアメカジなシャツを着たあの大瀧詠一さんが奥に続く廊下の入口に現れたのだ。
”わあ・・本物の大瀧さんだ・・” 

多分私はそう心の中で叫んでいたはずだ。
喜びと感動にうち震える心を抑えつつ、冷静を装って初対面の挨拶を終えた。



つづく。

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広瀬香美さんの突然の独立と芸名の使用について考えてみた [独り言]


広瀬香美さんが突然の独立騒動で久しぶりにマスコミと世間の注目を集めている。


「広瀬香美」芸名使えない…28日移籍発表も事務所が活動禁止を通告
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180601-00000006-sanspo-ent


広瀬香美「活動は今まで通り続けていきます」と反論
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180531-00225920-nksports-ent


これに対して元の事務所であるオフィス30はコメントを公開している。

www.officethirty.com/


オフィス30のWEBを見ると分るが、タレントは彼女一人だ。
事務所のページでは分からないが、実はこの住所は広瀬氏を全面に出したボーカルトレーニング学校「ドゥ・ドリーム」を運営している。
「ドゥ・ドリーム」の開校は2000年頃だったはずで運営にはオフィス30の社長の平野洋一氏も絡んでいるだろうと推察できる。
当然だが、住所が同じだからだ。

http://www.do-dream.co.jp/


2018年6月1日のWEB記事:
◎広瀬香美の移籍騒動、事務所が会見 2月から4度話し合いも交渉まとまらず
https://www.msn.com/ja-jp/entertainment/celebrity/広瀬香美の移籍騒動、事務所が会見-2月から4度話し合いも交渉まとまらず/ar-AAy5viA#page=2


2018年6月4日のWEB記事:

広瀬香美代理人ファクス全文 一方的な『独立宣言』否定、2月以降話し合いを行ってきた




こうして見ると社長の平野洋一氏と広瀬香美氏は長年ビジネスを共にしてきたパートナーと言える。
デビューからの付き合いだ。
その彼女が長年のパートナーを袖にして独立した本当の理由は部外者の私には分からない。

記事には、「広瀬の主張は「このままではアーティスト生命が終わってしまう。コンサート会場が満員とならないことに事務所に責任がある」というもので危機感を抱いており会社の代表権を渡すようにという要求があった。」という記載があった。
一方平野氏は、代表権を渡さなかった理由について「免許の更新もわからないような世間知らずの人が代表取締役になって会社でフォローできるのか心配があった」と説明したようだ。

これだけの情報で何かを断定できないが、アーティスト側と経営側の意思の齟齬があったことは伺える。と言っても小さい事務所と想像され、社長とタレントの距離感は本来小さいとみるべきだ。それでもこうした意思疎通の齟齬が起きている。広瀬氏の一方的ではないという抗弁はちょっと「?」で、契約とは一定の条件以外では簡単に解除できないように書いてるあるのが普通だ。例えば倒産や横領など契約を持続させるのが著しく困難な場合に限られている。色々と話したけど言うこと聞いてくれないから契約継続は止めるけどよろしくね!っていう訳にはいかないのだ。

アーティスト側としては、「コンサート会場が満員とならないことに事務所に責任がある」という意味は、自分の実力であれば設定したコンサート会場が満員なるはずで、そうでないのは事務所が仕事をしていないという見方をしているということだ。
一方平野氏からすれば、世間知らずの彼女が事務所の経営を担っても結果に繋がらず事態を悪化させるだけと見ていたということだ。

まあ、双方にそれぞれの見方と理由があると思うし、双方の主張は双方として正しいかもしれないとも思う。

非常に俯瞰した冷静な言い方をさせてもらえれば、少なくとも広瀬さんのコンサート動員が彼女の想定通りになっていないのは、主に彼女が自分自身のマーケットバリューを見誤っている点と、仮に平野氏がそれに気が付いていたとしても長年のパートナーであり傷つき易いミュージシャンの人格に本音を突きつける事を躊躇した可能性があるのだと思う。

厳しい言い方だが、コンサート動員数は市場の意思を反映しており「絶対にウソ」をつかない。また本来、彼女のような30年近いキャリアを持つベテランになれば動員数は急に増えたり減ったりもしない。
動員数が想定以下ということはキャパ設定が実力値よりも大きすぎるか、仮にそんなに大きくない小屋を埋められないとすれば、それが現在の彼女の市場価値であるというだけなのだ。
一発屋のようなヒットでブームを作り、一時的に動員が伸び、急激に下がるケースもあるが、彼女はそれなりにヒットを出しており、歌も上手いのでやり方によってはコアファンを維持できるタイプだったと思う。

彼女のようなベテランになれば、一定の固定ファンがいるはずで、そこが中心的な客になる。
近作にヒットがあるとか、露出を多くして宣伝をしたとかテレビに出る出ないは殆どコア動員に関係がない。
コアファンは長年彼女の存在に対してコミットをしており、ずっとフォローしているため表面的な活動の浮き沈みに連動しない。B'zのファンクラブ会員数は25万人と言われているが、コアファンを持ったアーティストは流行に左右されない活動がしやすいし、ビジネスの計算もし易い。
従って彼女の動員数が伸びないのは、経年に渡ってコアファンを少しづつ喪失し、尚且つ周辺の浮動票を取り込めなかったと見ていい。
そしてこれまでの彼女の存在やコンサートが本当に市場に対して魅力的であれば、少しづつだが動員は確実に伸びる。ただこれには条件があり、毎年ある一定数のライブ活動を地道にやる必要性がある。

実際彼女クラスの活動歴を持つミュージシャンでライブ動員が安定している、もしくは伸びている人たちは例外なく大きな固定ファンを持っており、またファンがファンを呼ぶ。
私の大好きな山下達郎さんは、遂に二世代目のファンが現れ、加えて女性ファンが顕著に増え益々チケットが取れない状態だ。
つまりこうした動員の現象は昨日今日の活動で生まれる訳でなく、80年代から現在に至るまでの地道な蓄積だと言える。

彼女の立場としては事務所の努力不足が動員に繋がらないと言いたいのだろうが、ベテランアーティストの場合、宣伝や仕掛けをすれば大幅に動員が伸びる訳ではないのは前述した通りだ。

広瀬さんよりもちょっと先輩の八神純子さんは、結婚後L.Aに移住し子育てをし、日本での活動に20年近いブランクがあったが、6~7年前から日本でのレギュラー活動を開始し、現在では年に数万人単位で動員出来ている。
これは彼女の潜在的なファンが現在の彼女のパフォーマンスを評価した結果で、口コミで拡がった賜物だろう。彼女はここ最近新作のヒット曲は1曲もないが、ライブ動員は無関係に好調で、東京の2000名キャパでも不安なく満員にしている。

私も八神さんのライブには何度か言ったが、50歳を過ぎても衰え知らずの彼女の唄声は確かに聞く価値がある。広瀬さんのライブや彼女のパフォーマンスや声の維持がどの程度なのかは分からないが、いずれにしても動員数は絶対的な市場価値でウソをつかないし、突然増えたり減ったりもしないのだ。

「BLOGOS:広瀬香美 事務所移籍騒動の陰で立たされていた冬の女王の苦境 」
http://blogos.com/article/301695/


ミュージシャンの性質としては、大抵の場合、売れれば自分の実力、失敗はスタッフのせいと考える傾向がない訳じゃなく、そういう意味で動員の成果に関して事務所の対応を理由にしたいのだろうが、残念ながらご本人のこれまでの活動の累積や価値の問題であると言うのが事実に近いと思し、こうした戦略的視点をアーティストと共有し対応してこなかった事務所にも大きな責任があり、特に社長と所属タレント1名のような小規模であれば尚更で、双方に課題があったと思う。

広瀬さんは2006年の離婚直後から毎年ツアーを始めたようだが、ここ10年程度のライブの履歴を見る限り、ツアー数はランダムで、会場も大きくても1500人キャパからビルボードのような会場で、最大でも年14公演で少ない年だと3公演しかしていない。正直言うと、ここ10年の活動を俯瞰すると活動の戦略性が全く見えない。言い方は悪いが場所や公演数を見ていると彼女の思いつきを汲んだようなツアー編成をしているようにしか見えないのだ。
CDが売れなくなり、ミュージシャンの収入においてライブ活動が重要になり始めたという認識が拡がった2006年以降においてもライブ活動を活発にやっている印象がなく、もう少し戦略的によく考えてマメにツアーをしてファンの固定化に尽力していたら現在の結果も違っていたかもしれないと思う。
一般的に、ミュージシャンは40代をどのように乗り切るかで50代以降の成否が決まる。そういう意味で、彼女は40代に行っていた曖昧な活動で失ったと思われる潜在的なファンが多いと思われ、今から取り戻すのは相当に難儀だと言っていい。かの山下達郎氏は40代の時期に7年もライブツアーをしない不遇とも思える時期があったが、定期的な作品発表と毎週放送しているラジオ番組とファンクラブ(ファンクラブだけのライブを行った時期もあった)でコアファンを繋ぎ留めていた。


さて、今回の独立は彼女一人で出来る訳はなく、外部協力者の存在があるだろう。


広瀬香美氏の新しい事務所、Muse Endeavor .inc :
新Web → http://www.hirose-kohmi.com
会社Web→http://www.muse-endeavor.com


オフィス30のTOPページには「広瀬香美」の名前は、弊社代表取締役である平野ヨーイチ氏が命名した芸名であり,「広瀬香美」の芸名の使用権限は,弊社及び平野ヨーイチ氏に帰属しており,
弊社当社所属のアーティストとしての活動以外には,「広瀬香美」の芸名を使用できません、と主張している。

この文面を読む限り、平野氏の主張はそういうことなのだろう。

しかし、文面だけから判断できるのは、自分が命名したから会社と平野ヨーイチ氏に帰属しており、という理屈で法的な根拠が全く記載されていない。
平野氏の主張は、名付け親、育ての親を差し置いてふざけるな!という事だろうが、
その事と芸名が使用できないという事は残念ながらリンクしない。


もし平野氏の主張通り「芸名の使用権限は,弊社及び平野ヨーイチ氏に帰属しており」であれば、
少なくとも「広瀬香美」という名前は、商標登録等で権利保全がされているか、
マネージメント契約内で完全な形で名称としての権利が契約で保全されている必要がある。


実は、J-PlatPatという商標登録を検索できるサイトで彼女の名前を探してみたが出て来なかった。
という事は少なくとも商標登録はされておらず、この点での権利主張はできないと考えられる。

そうなると、「マネージメント契約書」での主張が必要だが、彼らのように長いパートナー関係だと
最悪の場合を想定した形の綿密に書かれたような契約書の存在は怪しかもしれない。
これはオフィス30だけではなく、日本の芸能事務所で高度なレベルの内容でマネージメント契約書を締結している法人は少数だ。
つまりこの件については言った言わないになる可能性もあるということだ。



もし契約書に「かなり正確」に使用権限について書いてあり、それが更新時にアップデートされて契約記載されていなければ、平野氏の主張は道義的もしくは一部が認められる可能性もあるが、ある弁護士のコメントには、独占禁止法の抵触もあり、認められるかどうかは法廷の判断次第になる公算があるといことで、全体的な法的根拠が薄い可能性を指摘され、彼女の氏名の使用そのものが可能、不可能は判然としない。

いずれにしても、明示的な契約書や知的財産の確保の保証と裁判所の判断、もしくは示談がないと話が落ちないということだ。

独立した広瀬香美氏が引き続きこの名前を使用したいなら、早々に商標登録を検討した方がいいだろうが、
仮に平野氏が名付け親だとすれば道義的な責任を負うことにはなると思う。
彼女の新オフィス設立とWEBページの出来具合を見るとまだ仮の状態だ。
事務所の住所も何もないので、オフィス30を飛び出して、独立をファイスブックで公表したところまで
やったということなのだろう。


狭い音楽業界で今回のような独立を成功させるためには、有力がバックアップがないと活動継続が難しくなる。
あの業界ではトラブルメーカーとは関わらないようにするし、信義の問題を気にするからだ。
ただ、平野氏には芸能界の大御所のようなパワーはなく、仮に広瀬香美氏のバックに業界内の強力な協力者がいた場合、穏便に事を収める方向に事が進むだろう。
いずれにしても、今回のような独立の仕方は彼女の今後のアーティスト活動において全くプラスに働かないという点は強調しておこう。
誰かにそそのかれたにしても、52歳にもなってこういう子供じみた対処をする人物が戦略的に物事を考えているとは思えず、もう少し慎重に事を運ぶべきだったろうと思う。

また平野氏の反論会見についても、彼自身、事務所の代表としてもっと慎重に対応すべきだったろう。
それは彼女への反論を公にする目的がどこにあったかを平野氏が深く考えていた様子が見当たらないからだ。
どういうことかと言えば、もし今後も彼が広瀬氏と共同して事に当たることを目的としていたなら、会見そのものは不要であり、加えて会見で彼女に関してマイナス情報を公表する必要はことさらにない。
当然だろうが、今後一緒にやって行くタレントのマイナス情報が市場にプラス効果を出すはずもない。自分で自分の関わるタレントを批判するのは愚の骨頂であることは分かるはずだ。

また彼女と永遠に決別することに加えて自分の立場の保身が目的なら今回の会見は中途半端だったとしか言えない。つまり平野氏の愚痴を会見で述べたような印象しか残らないということだ。
いずれにしても今回の会見は目的が全く不明で、意図を見失っていたとしか言えないのだ。
企業の大小に関わらず、組織の代表者が公に発言する際は、非常に思慮深く対応しなければならない。
広瀬氏が事務所の代表である平野氏に不満があるとすれば、こういう部分に象徴される点かもしれないと感じた次第だ。


加えて彼女が校長を務め、平野氏が経営陣にいるボーカルトレーニング学校「ドゥ・ドリーム」は、現在でも彼女の名前や肖像を表に出して運営している。
学校の住所を見ても、彼女が今後この学校に関わる事はなく、事業イメージ上の大黒柱を失ったと言っていい。
学校には先生もいれば生徒もいる。コースには彼女が自分で教えているものだってあるようだ。
そういう状況下、彼女は平野氏と対決する形で独立して去ってしまったのだが、今後、学校との関わりについては彼女と平野氏の課題になるだろうし、学校のイメージ損失のリカバーも必要となる。


今回の彼女の決断が先の人生において正解だったのか、他にやり方があったのか?は分からないが、
大抵の場合、こうした強硬手段を取ると環境整理に時間とエネルギーを使うハメになって
暫くは音楽活動に集中するには難しいだろうと思う。
部外者の私が勝手に助言を出来たとすれば、まず己の現状の実力を冷静に把握し、周囲の意見に耳を傾け、地道でも中長期の活動計画を立ててそれを地道に実行して行く環境を作り、ご本人もそれを受け入れてやれるように努力すべきという感じだろう。
ご自身で会社を経営すれば事態を改善できると思っているようだが、人間にはそれぞれ持ち分というモノがあり、よく考えて方が良いと思う。50歳を過ぎるという事はそういうことが自然と分かる年齢であり、分からないとすれば彼女はもうそれまでという事になる。


さてどうなるのやら。



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フジ決算報告に見える放送業界の悩ましさ [独り言]

2017年度のフジテレビの決算が発表された。



経営陣のコメント要約では、今期売上は前期比マイナス7・1%の2606億7700万円も営業利益は11・3%アップの44億8300万円、経常利益は同6・4%アップの48億2900万円と共に増益。減収も同局としては6年ぶりの増益となった。

会見に出席した奥野木順二・執行役員財経局長は今期増益の理由について、「現場の経費見直し、特に番組制作費を前期882億から806億まで76億円落としたことが大きかったと思います」と回答。


端的には「減収増益」。増益理由は「制作費のカット」。

放送単体での営業利益率は1.9%。



フジ、6年ぶり増益!番組制作費見直しが効いた…決算報告会見




普通の経営感覚からすれば、放送って意外に儲からない仕事なんだな・・っていうことだ。
フジの決算を見て歴然としているのは、ホールディングスとしてのビジネスは、不動産部門が支えているという点だ。不動産部門は昨年比で+30%の営業利益増だ。
またホールディングス全体で見れば、本体よりも子会社の利益に依存しており、営業利益の80%を子会社が叩き出している。


またフジだけではなく地上波の放送ビジネスは利益率が低い。
経営的な観点で言えば、余り積極的に手を出したくないビジネスだ。
1年間で40億円程度の営業利益を出すだけなら他にも効率的な方法があるからだ。

正直言えば、フジの半分以下の売上で、20倍近い営利を稼いでいる業態も存在する。
おまけに人件費はフジの半分程度だ。
そういう観点で見ると、フジテレビは1人単位当たりの効率がものすごく悪いという事になるが、これはフジだけでなく地上放送系は軒並み同じだ。
ちなみにフジ系の放送事業に関わる人材(社員)は30代で年収1千万円を優に超える。50代では2000万円代がざらにいる組織だが、営業利益率や貢献度を鑑みると、明らかに高すぎるだろう。ビジネス規模だけで言えば、現在の半分程度の年収で十分と言える。
特に不動産部門で働く人たちは、自分たちの方が貢献度が高いのに放送関係より年収が低い事に不満があるに違いない。
時代的にもビジネス的にも放送で働く事が特別な時代ではなく、この辺りの放送系の人件費配分に手を付けないとこの先放送事業はますます立ち行かない時代になるのだろう。しかし人件費を下げれば人が集まらず結果的に質を落とすリスクもあり悩ましい。

地上波系の人件費は成果に対して異常に高すぎるという点と、コストコントロール以外で利益を産めない構造になっており、経営的にアップサイド(売上高を上げる施策)を狙えるウインドーがほとんどないと言える。

昨今安倍政権は、電波オークションを実施しようとしているが、地上波のニュースでこれが取り上げられないのは、彼らとして大反対だからだが、現在の放送局が支払っている数億円程度の波料がオークションで10倍程度になると言われており、そうなれば営業利益が丸ごと吹っ飛ぶ可能性があり経営に大きな打撃になるのが分かっているので反対という訳だ。

さて、フジだけではないが、売上が下がるためにコスト(制作費)を下げる経営手法には本来未来がない。売上を見込めるように改善するか、周辺事業を立ち上げる必要があるからだ。
特に編成費用はコンテンツの質に直結し、ある限界以下になればもはや地上波の質を保てなくなる。
放送コンテンツが一定の質を保てるのは、多数の視聴を根拠にした広告費用である。視聴率が下がれば広告費が下がり、編成費用も下がるという負のスパイラルに入る。

現在の地上波放送局は既にその悪循環に入っていると言ってもいいだろう。

新聞業界も同じような状況で、実質部数に比べて人件費等が高すぎて利益を産めない構造になっている。また新聞作業に従事する人たちは、ビジネス的側面で仕事をとらえておらず、社会的役割を理由にコストカットへの抵抗も多い。
フジだけではないが、地上波関係が、不動産屋がメインで放送もやっているようなビジネスモデルになりつつある現在、新聞をささえるために他の事業が貢献するような形はオールドメディアに共通した形態になりつつある。
オールドメディア苦境は、ネットを中心としたニューメディアへの移行の影響だが、ニューメディアも事業採算性では全く構造構築が出来ておらず今後の課題となっている。

正直言えば、日本の放送局数は今の半分以下でいいと思う。また新聞社の数も3つ程度で良く、現在の日本は無駄にメディアの数が多すぎる。
業界内での事業採算性が取れなくなると次に起こるのは再編だろう。
大抵のビジネスの場合、1業界で残るのは3つというのが相場だ。
放送局は免許事業であるため再編が難しいのだが、電波オークションが風穴を開けるかもしれない。
そうなれば再編への道が見えるだろう。
また新聞はいずれ再編の道を歩むだろう。

昨今電車で新聞を読んでいるサラリーマンを見かけなくなったが、もう新聞を読む時代は終わったと思っている。ネットから一次情報を得られる可能性もある時代に、フィルターの付いた記事を読むのは全くばかげている。トランプ大統領は、大統領広報を通さずに大きな決定や意見を出す初めての政治家になった。彼の言い方等は色々と物議があるが、メディアを通さない情報接触の利点は民衆にとって大きい。(同時にリスクもある)



オールドメディアに囲まれて仕事をしていると気が付きにくいが、一般民衆は様々なルートで情報を取れる時代になっている。
オールドメディアにが使わない人材からの方が圧倒的に質の高い情報にアクセスできること知る時代になり、65歳以上の人間はともかく、それ以下の層を以前のように民衆をコントロールできると考えない方がいいだろう。
実際、その動きは既に始まっている。



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「HIRED GUN」と呼ばれるミュージシャンたち [独り言]

HIRED GUNと呼ばれるミュージシャンたち


友人がネットフリックで視聴できる面白い音楽ドキュメンタリー映画を教えてくれて
見せてくれた。


タイトルは「HIRED GUN」。




「HIRED GUN」という言葉はこの映画で初めて知った。
意味は、「ミュージシャンが雇うミュージシャンたち」のことだ。
ソロにしろ、バンドにしろ、バックメンバーとして演奏する連中、
彼らを総称して「HIRED GUN」というらしい。


名も無きスタジオミュージシャンたちで最も有名なのは「Wrecking Crew」「Funk Brothers」と呼ばれた集団だったが、「HIRED GUN」は特定の一団ではなく、バックメンバーとして活躍する集団と言っていいだろう。




さてこの映画には数々の名もなきミュージシャンたちが登場する。
音楽通には名前を知る人物もいるが、大抵は一般には知られていない。
しかし彼らの演奏はライブやレコードに刻まれている。


彼らは中心メンバーであるボーカリストやバンドのサポート的存在で、決してメインではない。
特にこの映画で印象的なのはビリー・ジョエルとそのバンドメンバーたちの逸話だが、
ビリー・ジョエルからクビにされたメンバーたちの発言はかなり辛辣だ。


ある黒人プロデューサーの言葉が印象的だった。


「HIRED GUN」に必要な素養は3つ。


1、Aクラスの演奏ができる事。
2、雇っている主人の音楽の意図を素早く解釈すること。
3、カッコいいこと。


またある白人プロデューサーの言葉も印象的だった。
「1流以外は不要だ。2流のいる場所はない」



「HIRED GUN」はある意味でミュージシャンのメジャーリーガーともいる。
だが、彼らの扱われ方は決してメジャーリーガーとは言えない。


ビリー・ジョエルの元ドラムス担当だった人物は、移動の際のビリー専用の飛行機に
搭乗拒否されたとコメントしている。
現在では子供のドラムスクールなどで教えたり演奏したりする生活をしている彼の言葉には
華やかな時代を懐かしみ、戻りたいという感じが滲んでいた。


またあるバンドのギターリストは、週給500ドル(1980年代)だったと語り、
中心で活躍するミュージシャンとの格差の大きさを訴えていた。

また華やかな裏側でメインアクトとの歴然とした格差を訴えるミュージシャンもいた。
アメリカの音楽業界は全くもって弱肉強食世界だ。


ある「HIRED GUN」の1人だったギターリストは、先の展望に未来を見いだせず、
リスクを冒して全く名も無きメタルバンドのメンバーになる決意をした。
彼にとっては人生そのものを賭けるに等しい。


「HIRED GUN」の彼らが口々に言うのは、クラブで演奏して暮らすような生活は懲り懲りだという言葉だ、

ミュージシャンとして明らかにエリート層にいる彼らも、
その上にいるメインを張れるミュージシャンたちには叶わないのがこの世界のルールだ。


そのメインの人たちもいつまでもTOPに居られないかもしれないという不安と闘っている。


「HIRED GUN」。
日本にも同じような仕事をしている人たちは数多くいるのだが、
華やかな世界でトップにいられるのは僅かであることは日米とも同じだ。

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あるコンサートに行って感じた違和感。 [独り言]

先日、私が中学時代からファンであるアーティストAさん(イニシャルではなくただの記号として記します)のライブに行ってきた。昨年も2回行き、ここ10年近くはコンスタントにAさんのライブに行っている。

Aさんが現在ツアー中なので、あえてアーティスト名を伏せて感想を書きます。
またツイッターを見ると例外なく好意的な感想ばかりなのだが、私はあえて批判的な感想に終始してしまうので予めご容赦願いたい。


今回はAさんの通常動員からすればかなり小さ目の小屋のツアーが始まったからだ。いわゆるライブハウスよりは大き目だがホールよりはかなり小さめという感じだ。
そんなAさんのライブ企画に興味をソソラレて、チケットを申し込んだ。一番行きたかった小屋は抽選に2回漏れ、別の都内の小屋で当選したので同伴者と行ってきた。
同伴者はここ10年位Aさんのライブに一緒に行っている人物だ。

ステージにメンバーとAさんが登場し、演奏の布陣が見てとれた。今回は小屋も小さいため昨年のホールツアーと比較してメンバーで3名少なく、またキーボード以外のメンバーは全員新しいミュージシャンだった。編成構成はドラムス、ベース、ギター、キーボード、歌(+ギター)。

1曲目が始まった。Aさんの名曲の1つだ。そしてその後もAさんの名曲群が演奏される。しかし私は1曲目開始直後から違和感を感じており、それがずっと解消されなかった。1曲目開始直後の違和感の象徴的だったのはいつもAさんが弾いているギターにコーラスがかかっていたことだ。これは過去10年近くライブで見聞きして初めてだったと思う。
何故Aさんのギターにコーラスがかかっているの?? まずそこから引っかかってしまった。そのままの方がいいのに・・。

その後も素晴らしいセットリストが進むのだが、全く楽しくない。何故だろう? 
1部と2部構成だったが、2部の最後の曲が終わるまでずっと違和感が消えなかった。
モヤモヤしたままだったのだ。

今回のツアー、小屋を小さく設定しただけでなくいつもとは違うミュージシャンを使って人数も違う編成でパフォーマンスしていた。
AさんのMCでの説明もあったがこれは意図的なものだ。

終演後、会場を出て帰路につく途中で同伴者がポツンとつぶやいた。

「なんか、ピンと来なかったね・・」

私はその言葉を聞き思わず「えっ、そう思ったの?」と聞き返した。

実は同伴者にAさんの音楽を紹介したのは私だが、ここ10年近く私よりもAさんの音楽を聴く程なっていた。同伴者が私とAさんのライブに行くようになったのは前述したようにここ10年程度だが、絶頂期は知らないまで多少の変遷を経験している人だ。同伴者はめったに批判的なコメントをしない人物なのだが、その人が一言ピンと来なかったと言うのを聞いたのは私にとって重い言葉だった。


「私もピンと来なかったんですよ・・、何でしょうね? この違和感は・・。気の抜けたビールみたいだったよね」と返答した。同伴者はちょっと笑ったまま答えなかった。

私は違和感の正体を考えてみた。

まず、バックの演奏者が大幅に変わった。Aさんの説明では若いミュージシャンと一緒にいつもとは違う小さめの小屋でやってみようというライブコンセプトだったようだ。それはそれでいいのだが、バックのメンバーが変わり編成人数が減るということは、各自の演奏力が高くないと演奏全体がまとまり難いと言うデメリットがある。
従って各自の演奏の「繋ぎ」的な音像を作るために演奏力の高いミュージシャンであることが要求される。ライブを通じて感じた違和感の1つがバンドの演奏力のなさだったと思っている。
少なくともAさんが通常のライブで一緒にやっているバックミュージシャンは一流と言えるレベルなのだが、今回のキーボード以外のメンバーは全員30代~40代前半までの人たちだ。メンバーの経歴も調べてみたが、なるほど・・という感じだった。少なくとも経歴を見る限り、いつものメンバーとは経験しているミュージシャンの層が全く違う。

私のような見方をしていた観客は多分居なかったと思うが、メンバーの出音(楽器を鳴らす力)や演奏構成力が圧倒的に足りないと思った。

音はPAされているのでそれなりに出力されているのだが、楽器があるべき姿として鳴っていないのだ。
フォーリズムを構成するメンバーの楽器が鳴ってないからバックの音がひ弱で貧弱なのだ。キーボードだけはいつものメンバーなのだが、鍵盤だけでどうにもなるはずもない。そこにAさんの唄とコーラスのかかったギターがいる。
いつもならもっと歌えているAさんの唄は、バックの貧弱さに足を取られているかのように貧弱さを露呈しており、時折ピッチも外してしまう。年齢によって歌が昔ほど歌えないAさんにとって今回のパフォーマンスはちょっと致命的にも思えた。

特に私の同伴者はAさんが今までのように歌えていなかった点に不満をもっていたが、その理由の1つにはバックメンバーの選定ミスがあったと思っている。カラオケ屋で経験があると思うが、歌唱というのはバックの音の密度やグルーブに信じられないほど影響を受ける。
1曲目の名曲の歌い方も、私の視点からは手抜きのように思える感じだった。リハーサルでもしているのかな?と思うような感じで、あれが本番の歌い方だとしたらちょっとリラックスし過ぎだと思った。

そうなのだ。何かAさんの今回の唄には「魂」が感じられなかったのだ。
「魂」が感じられなかったのは本人の責任が一番大きいが、バックの演奏がAさんの唄をサポートしエネルギーの度合いを上げられなかった点もあるだろう。これは先ほど記したカラオケ屋の話と同じだ。

Aさんはどのように理解しているか分からないが、若いミュージシャンたちはいつもの一流のミュージシャンたちの半分程度のレベルで、残念ながらAさんのレベルとは釣り合わなかったのだと思う。
若いミュージシャンたちは30代後半から40代前半だと思うが、残念ながらこの年代のミュージシャンは本当に上手くて要求の厳しいミュージシャンたちとセッションをしてきた経験が圧倒的に少ない世代だ。
従って全体的な技量も落ちる。またデジタル時代のレコーディングが主流になってからのミュージシャンであるため、アナログ録音時代の人々よりも演奏技量の細部の詰めが甘いため、特に少人数のライブでの技量の甘さが露呈しやすい。
私と同伴者はそうした違和感の総和を感覚的に感じてライブを見ていたのだ。実際私はライブを見ながら演奏のダメ出しをしているような状態だった。(だから楽しいはずがない)

同伴者は私のような経験のない人間なので、私のような分析をできないが、明らかに同じような違和感を感じた点において凄いなと思うと同時に、質の劣化を直観的に理解していたのだろう。

2011
年に日本でのライブ活動を復帰させた八神純子さんのライブを初めて見た時、一番の違和感はバックの演奏力のなさだった。八神さんは自分のピアノだけで十分歌える人物なので歌への違和感は全くなかったが、バックの演奏の貧弱さと物足りなさは以前ブログにも書いた。

その後八神さんは日本でのライブ活動が想定よりも集客できることで自信を得て、バックのミュージシャンの選択も一流どころになった。当然だが、一度一流と演奏したら二度と二流とは出来ない。2011年にやっていたバックとのコンサートはなくなり、現在は村上ポンンタ秀一氏などのお歴々とセッションをしている。彼女のレベルなら当然だろうと思う。

一流のミュージシャンと二流のミュージシャンの間には限りないギャップが存在する。
今回Aさんは残念ながらミュージシャンの質を落としてしまったことでご自身の唄の質まで落としてしまったようだ。バンマスでキーボードの方がその変化に一番気が付いているかもしれないと思う。

この先、ツアーは夏まで続くようだが、次のツアーは是非とも元のバックメンバーに戻してホールツアーとして再開して欲しい。ミュージシャンは自分のやることに飽きてしまって時折やらなくていい事をするが、Aさんに置かれましては今回の件を最後に、元のクオリティーに戻すようにご配慮願いたいという感じです。

特に来年は大事な周年が待っておりますから。


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何となく世情をつぶやく・・。 [独り言]

ラジオやネットを経由して情報に触れて分かる別の世界観あると感じている。


昨今、安倍政権がちょっと危うい。


まず言っておきたがが、私は特に自民党支持者でも安倍支持者でもない。
だからと言って特定野党の支持者でもない。
いわゆる浮動票行動をする人間だ。
野党にしても素晴らしい政策や行動をしてくれるのであれば、当然応援するし、
自民党政権でも同様だ。もちろん反対の事も起こる。


先にこのブログで書く内容の結論を先に言っておくと、仮に今後の流れで安倍政権が消滅し別の政権になったとすると日本経済は最近まで言われていた「失った20年」に逆戻りするだろうという事を予告しておきたい。
その予告をつらつらと他の事を含めてつぶやくので、興味があればお読みください。
なお、政治的な話をすると色々なご意見を頂くと思うので、コメントについては一旦当方側で引き取るつもりです。

また仮にコメントを頂いても当方側から反論等をするつもりもありません。
あくまでも個人的なつぶやきですから。人を傷つけない範囲で自由に意見が言えるのが日本です。



さて、私は中道の人間だと思っている。
だが、だからと言って全く思想信条が無い訳ではない。
例えば若い頃は天皇の存在に何となく違和感を持っていたが、学校の歴史教科書を離れて自分で歴史の勉強して掘り下げると日本にとって天皇の存在が背骨だと理解できるようになってきた。
これは国家教育がそうさせたのではなく自分で勉強して得た結論だ。歴史的事実を読み解くと、万世一系を事実として信じるのは難しいが、日本は天皇というシステムを途切れなく維持してきたことは事実であり、それが日本の歴史に欠く事の出来ない影響を及ぼしている点は疑いない。

従って共産党のように天皇制を否定する考え方は全くない。
少なくとも日本国にとって、天皇の存在を否定した歴史を日本国民が語る事は出来ないと思っているからだ。


自衛隊に関して言えば、改憲して認めるべきと思っている。
共産党のように自衛隊の存在を否定したり、左翼系のように暴力装置などというのは言論の自由だが、
北朝鮮を見ても判るように安全保障としての軍隊を保持しない国家では安心して暮らせるはずもない。

自衛隊反対派には安全保障の対案があるだろうか?

自衛隊が憲法上軍隊否かというのは論議の本質ではないだろう。

もちろん憲法の語源解釈を否定する訳ではない。それは法治国家として重要な部分だからだ。

だからと言って「言葉」というある意味非常に曖昧なものを含むツールを使っているにも関わらず、1mmも揺らぎを許さないような論議をするのは現実的でもなからろう。
一定の議論を経たらそういう部分に終止符を打って現実の安全保障に資する議論に移る時だと思っている。


仮に歌舞伎町のど真ん中に自宅があったとしよう。
暴力団や怪しい半グレ集団や外国人犯罪勢力に囲まれて暮らす事を余儀なくされてたとすれば、
自宅や周辺に厳重なセキュリティーをするだろう。
今の日本国のおかれている状態はそういうことなのだ。

かつての社会党は非武装中立を掲げていたが、こういうファンタジーを現実の政治に持ち込む辺りのセンスのなさが流れを汲んだ社民党の凋落の証だろう。暴力団や怪しい半グレ集団や外国人犯罪勢力に囲まれてセコムを解除したらどうなるか理解できそうなものだろう。
リベラル系の弱点は理想論と現実社会の間への落としどころを見つけられないという点だろう。

ただ旧リベラル系政権の擁護を1つだけしておけば、労働者の地位向上への貢献だろう。
中には暴力的な対応をした時代もあり、彼らの活動や過程の全てに賛同する訳ではないが、
資本側が労働側に強いていた不当な労働環境の大幅な改善においては一定の評価すべきだろうと思っている。
実際、我々はその積み重ねの恩恵の上で生きている。


さて、自衛隊に話を戻す。

憲法学者が憲法の仔細微細な解釈から自衛隊の存在そのものに反対する意見は分からなくはないが、
歴史的要請によって発生し存在を容認され(容認されてないと言う人もいるが多数ではない)定着しているものを、法的理屈だけを振りかざして現状を否定しても生産的でも建設的でもないだろう。
理屈の先に何か具体的な施策があるというのだろうか?

学者は毒にも薬にもならない理屈や論理を披露するのが仕事みたいなところがあるが、
折角頭が良いのだから自分たちの仕事がもう少し世の中に具体的に役に立つ方法を考えてもいいだろう。

中学高校で三権分立を習ったが、大人になってそれが殆どファンタジーだと分かった。
三権分立という建前はあるが、人間の営みは必ずグレーな部分を孕む。
三権分立は現実社会において三竦みで決して理論のようには運営されていない。
その上でどうするのか?が学者諸氏の腕の見せ所だろう。

人間が日々を営む上でのそうした現実を無視してはならないし、同時にその事実と戦う必要がある。

こういう意見をすると法律を否定するのか?と言われるだろうがそうではない。
人間が作る法律は完全無欠ではない。

完全であろうとすることは全く否定しないが、現実はそのようになっている。
そういうことを踏まえて現実対処をどうするか?が考えるべきことだろう。

これは信念や理屈を振りかざすという事とは別だ。

信念は個別にあって良いと思うが、現実社会で実現不能な信念は宗教に近いと言うべきだろう。

学者の学問的見地から論理的に完全無欠な正論を目指すのはいいが、
現実に即さない根拠を正論として振りかざすだけでは課題解決しない。

自衛隊とはそういう存在だ。

日本国憲法や憲法第9条の解釈は様々にある。私は特に憲法の専門家ではないので、学者的な見地では言わないが、普通に読めば日本が他国を責め得るような軍隊的な組織を持つのは違憲だろう。
だって「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。」って書いてあるからだ。
そもそも民主主義とは民が中心というのが建前だ。
学者が総がかりで解釈しないと正しい解釈にならないような文章を国家の上位法にしていることからして可笑しいとも言える。平易に解釈して成り立つものでなければ本来の意味で立憲であろうはずもなかろう。

憲法第9条の解釈は国連憲章との連動性など様々な見方、意見があるが、一般庶民的な観点で言えばそういう事だ。
ただ第9条に自衛権確保のための軍事組織の保有について書いてあえて書いてなかったのは手抜かりだったと思う。

先ほど私は憲法第9条の解釈は普通に読めば軍隊の保持が違憲だろうと言った。
それは他国を攻めに行く事を前提とした軍隊であり、セコム行為を否定する訳じゃないと思っている。
つまり自衛権だ。でもそこがちゃんと書いてないからややこしい話になってしまった。

さて、自衛隊を違憲だとして扱えば、日本は安全保障的に丸裸になり、他国からの脅威に対応できない。日米安全保障でアメリカが守ってくれると考えるのは妄想に近い。彼らが日本を守るとすればアメリカの国益に叶うかどうかの時だけだ。

表向き独立国である日本が自分たちの意思で国民の安全と生命と財産を守れない国になるのは国民として不安に思えないか?

朝鮮戦争の勃発で警察予備隊が出来、その流れを経て自衛隊が創設され既に60年以上この状態が定着した。
その過程でアメリカの関与があった事は事実だ。
残念だが、日本が戦争に負けた。それが全てだ。


そしてその後、災害活動や海外派遣なので現場の自衛隊隊員諸氏らは相当な苦労を強いられる中、
法律的には継子扱いされ、心無い連中は自衛隊員や家族の存在すらも否定的に扱われてきた。

日本国民向けには自衛隊が軍隊じゃないと言っているが、これは憲法に「陸海空軍」とあるからだろう。

「軍」じゃなくて「隊」ってことだ。しかし海外では軍隊と言っている。
これはそうしないと違法な殺人集団扱いされてしまうからだ。

こうした言葉遊びを憲法や法律の専門家や政治家等は延々とやっている。

もちろん法律は言葉と定義の集積だから、言葉の選択は重要だと重々分っている。
そもそも日本国憲法の原文は英語だ。我々が知っているのは日本語だが、英語としての解釈を議論の遡上に上げている人は少数だろう。しかし重要な部分の解釈にこれだけの幅があるのはある意味悪文だと言っていい。誰にでも同じように分からない憲法ってそもそも何なのだ?という事を考えてみたことはないのだろうか?

それでも「隊」は「軍」じゃなから軍隊じゃない、「戦闘」行為は軍の行為で「武力衝突」は戦争行為の範疇ではない等を見聞きし、時間の無駄とも言える議論にエネルギーを注ぐのはそろそろやめようと思わなかったのか・・。


つまり法律解釈と現実に幅があり過ぎるなら解釈を一定範囲にするように憲法側を変えるという事だ。

それが安倍首相の意図だろうと勝手に推察する。


安倍首相が自民党の憲法部会をすっ飛ばしたのは、学者や政治家が集まって結論のない議論を延々として、
会議が目的化したような体たらくを真近で見ていてこれじゃダメだと思ったからだろう。


この点について私も同じ意見だ。


さて、自衛隊は違憲であり、完全に否定している人たちは、仮に災害、もしくは他国からの脅威によって自衛隊に助けられるような時があった場合、どのように対応するのだろう?
「お前らは憲法違反だから私を助けなくていい」って言うだろうか?
そこまで肝に据わった政治家、学者や民間人は居ないと確信している。

だったらどうすのか?を問いたい。

国の安全保障は会議で担保される訳ではない。
法整備と組織と運用でなされる。
極めて実務的な話だ。


だから会議を開いてウダウダ論戦を張っているばかりの連中を見て、どこかで締め切りを決めて実務に移行しようとしたのは大きな進捗だと思っている。
いずれにしても憲法改正には国民投票が必要だ。民主主義国家だから議論すればいいのだ。

議員での可決上程すらもハードルが高いが、決めるのは国民投票だから上程なんて色々と何度もすればいいのだ。
憲法を金科玉条のように1ミリも触らない事を望む人もいるだろうが、
そういう人には前述した肝の据わりがあるかを確認したい。
あなた方は他国かの侵略があっても黙って死んでゆけるほどの覚悟があって言っているのか?だ。

私は嫌だ。


現在の自衛隊の状態は人権侵害だと思う。
そういう観点からも自衛隊の存在を正式に認めるべきだろう。
その上でシビリアンコントロールを厳格に利かせる実務構築が必要になる。
我々は明治維新以降に起きた数々の戦争によって軍部が暴走するのを体験している。
それは二度と犯してはならない。


正直言うと自衛隊という言い方も止めた方がいいだろう。
しかし日本国民は言霊集団なので、自衛隊が国民軍となっただけで騒ぎ出すに違いない。
無用なエネルギーを削ぐなら自衛隊でも構わないが本質論ではないのでどうでもいい。


要点はまず日本の安全保障を安定的にする上で自衛隊をどう位置付け、憲法との整合性をどうするか?だろう。
そして日米安全保障条約と自衛隊も不可分だ。


さて長くなったが本論に戻ろう。
私は政治の大きな仕事の1つは国内経済の安定と安全保障だと思っている。
安全保障については上記した通りだ。
平和が維持できなければ経済活動はできないし、
また国内経済がある程度キチンとしていなければ社会は不安定になるからだ。


会社員なら分かるだろうが、事業計画を立てる時、トップマネージメントが戦略を示し、
実務者のである社員が戦術と実務を担う。
また戦略には会社の主たる方針が示され、極論それ以外に時間と資本とエネルギーを配分するなという事だ。

政治の場合、利益追求をする訳ではないので会社の論理と全く同じ訳ではないが、
事に対処するという意味で優先順位を必要とする部分はある。

全てを等間隔でやると非効率だからだ。


上記のようにまず日本政府が優先してやるべきことは「国内経済の安定と安全保障」だ。
その上で他の政策等に手を伸ばす感じだろう。


私は安倍首相に対して特別に好きキライは無いが、少なくともこれまでの経済政策においては評価すべき点が多いと感じている。
外交について対米追従を批判する人が多いが、戦争に負けた日本の歴史を鑑みて
一番戦争していはいけないアメリカとの距離感に敏感でない政治家は日本を危うくするだけだ。
石原慎太郎氏は、「日本はアメリカの妾」と言い放ち、実際それは悲しいほどの事実だが、
それでもアメリカと事を構えるのは安全保障上不利だ。
それでも独立国としての矜持は見せて欲しいと願うが、そこに力点を置き過ぎると違う意味での国益を損なうのが現実であり、非常に歯がゆく難しい。


さて、経済面の成果だが、
まず、失業率は下がった。もはや下限値と言ってもいいくらいだ。従って2010年以降の自殺者は8000人近く減っている。
「従って」と言っているのは自殺者数と失業率には相関関係があるためだ。これは多くの経済学者が同意するだろう。株価は政権発足当時と比較して2.5倍近い。株価が上がった要因は日銀の金融緩和と言ってもいい。

そしてその緩和政策は政府と一体的にやったためだ。
福井俊彦、白川方明氏のように引き締め一辺倒が長いデフレの原因の1つであることは疑いの余地がないが、20年の長きに渡り庶民も企業もこれに苦しめられたのだ。


しかしデフレ状況はまだ完全に脱したと言えない。インフレ率は実質0.5%程度らしいので全く合格点ではないが、少なくとも10~5年前のデフレと比較したら改善傾向にあると言っていいだろう。

非常に個人的感覚の意見だが、金融緩和に対してインフレ率が上がらない最大の理由は非正規雇用者の増大と将来不安だと思っている。非正規雇用者の増大には小泉政権下の責任が重いと思っている。また公共事業を大幅に縮小したのはまずかった。

自分を振り返っても30代~40代が一番年収が上がる時期で、一番金を使いやすい。
その時期に非正規雇用者の年収は上がりにくく、また将来が見えにくい。
そうなれば当然金を使わないだろうし、使いにくいだろう。
またこうした傾向は正社員にも波及していると思う。将来が不安だから貯蓄に走る。
結婚もしないから消費への影響が大きい。結婚式をしない、車を買わない、家を建てない、故に家財道具も買わない。
大きな買い物をしない層が増えた事は経済面に与える影響は大きいだろう。
アベノミクスの効果に疑問を投げかける人達はこの辺りへの回答がないという点については
同意できる部分があるが、これは安倍政権だけの問題ではなく、
その前の政権からも続いていた問題だ。

同一労働、同一賃金問題があるが、私個人は、非正規労働者の規制改革を以前ような一部の職種に戻すべきだと思う。
非正規労働者はあくまでも例外とし、正社員労働を標準とし、その上で、働く側に選択枝を与えるような政策にした方が良くないだろうか?
同一労働、同一賃金問題の究極は、非正規労働者=正社員労働者だからだ。
この点において小泉政権下の規制緩和は誤りだったと思っている。


そういえば、黒田総裁の金融緩和やマイナス金利でハイパーインフレ懸念を声高に発していた政治家や経済学者が多数いたが、まだ0.5%程度なのにハイパーインフレ(1億%以上)になる訳がないのは議論の余地がない。
日銀による国債の買い入れを問題視する人たちがいるのは事実だが、現状長期国債の利率は2%に達していない。少なくともマーケットは日銀による国債の買い入れを全く問題視してないと見るべきだろう。

賃金上昇についてはまだ改善の余地があるが、現在の景況や人手不足を見れば下がる事はないだろう。
失業率の下落を団塊世代の離脱を理由にする経済学者もいるようだが、
過去のデータで見ると、どの時代でも同じ程度の数値で離脱者がおり、
失業率の低迷は政策にあるというのがフェアーだろう。


日本経済新聞の子会社であるフィナンシャルタイムは昨年末に何度かアベノミスクに触れ、
経済政策の成果を評価していたが、本家の日本経済新聞にその記事がそうした趣旨で載る事はなかった。

もちろんアベノミスク(リフレ派主導経済政策)に反対意見を述べる様々な人たちがいるし、
その中の意見には考えるべき課題があるのも事実だ。

しかし反リフレ派が長年やってきた、緊縮財政、消費税増税、金融引き締めによる経済効果はどうだったのか?
長い低迷とデフレ不況を生みんだ。
企業業績は先が見えずモノが売れないため賃金が下がり、非正規社員を数多く生み、新卒者の就職に多大な影響が出た。アベノミスクは完全ではないし、課題も多い。

しかし前述した点においては前の政権よりも確実な成果を上げている。

会社的に言えば、売上と利益が伸び、事業の低迷期を終え、リストラが無くなった感じだろう。
こういう経営者普通キチンと評価される。

そういう意味において、安倍政権の経済政策は評価されるべき部分があると言うのがフェアーというものだ。


さて森本問題、加計問題に文書き換えや文書隠匿で本筋の政治が全く出来ない状態だ。

まあ正直言うと森本問題は佐川元局長が答弁前に確認すべき書類を確認せずに国会で「価格交渉がない」と発言した事の辻褄を合わせるために文書改竄を行っただけだと思っている。非常にレベルの低い話だ。トップ官僚にしては仕事が出来なかったという事だろう。
従って事の本質は、事務方の業務瑕疵であり、政権運営の本質とは直接関係ない問題だ。
それでも管轄大臣は責任があるので、内容に準じた処置をすればいいのだろう。

加計にしても近畿財務局の官僚がヘマをしただけだと分析している。
それ以上それ以下でもない。
計量経済学者の高橋洋一氏が言うように、元々曰くつきの土地だったのに、
最初から入札にすべき案件を随意にしたのが間違いだったということだ。
おまけに籠池夫婦というキャラの濃い人に役人が翻弄されたということもあったろうし、安倍夫人も余分な事を言ったりしてしまったのでマスコミの餌食になった。
籠池夫婦の長期拘留に人権問題を言う人々もいるが、ホリエモン、佐藤優に限らず警察や官僚組織に対して
無用にたてつくとこういう目に合うのは歴史が証明している。

不法な長期拘留には大反対だが、法律ギリギリで運用されたら手も足も出ないのが現実だ。
当事者からすればたまったものではないが、そういう事は生きる上で理解しておくべきだろう。

官僚側のミスは、隣の土地を買った豊中市の例や当該土地の元々の歴史や地元に関する情報を
当時の担当官僚が把握していなかっただろうという高橋氏の推定は非常に納得感がある。
またマスコミ報道は加計学園の申請と認可を区別せずに論議しているが、特区としての役割は「申請」だけであり、「認可」は文科省の官僚が組織する別の部隊が管轄しており、ここには政治家が入れる余地がない。審議過程の議事録も公開されている。加計理事長は総理の友人だから怪しい、だから審議にも影響を及ぼしだに違いないというのは邪推が過ぎる。事実として分かっているのは「加計理事長は総理の友人」という点と特区によって50年間門前払いされていた「申請」をすることができるようになったという点だ。


こうした情報の発信現のほとんどはラジオやネットが中心でテレビや新聞ではほとほと薄い。
ラジオに関して言えば、放送局によって偏りがある点が仕方ないが、数局を聴いていればかなり広い幅で同じ問題の見方に接する事が可能になる。ラジオはテレビよりも1つの問題への対応時間が長い。
そうした情報を元にしてネット上で似たような情報へアクセスすれば、一定程度極端な論調から距離を置く事が可能になる。

詰まるところは、信頼できる情報を運んでくれる人は誰なのか?ということになる。そういう人物を見抜いて行けばかなり全体像が大手メディアと違う事も理解できるようになるのだ。


さて文書き換え問題にしても大きく言えば政権に責任の一端はあるだろうが(つまり上部組織の監督者としての責任)、現場の連中の文書のやり取りまで全ての過程に関与している訳ではないのは、それなりの組織で仕事をした人間なら想像が付くだろうから、一義的には管理職の連中に責任がある。

時間の幅を拡げてみれば、民主党政権下においてもこうした問題があっただろうことは想像つく訳で、当時の民主党の大臣連中が現在の政権に言っているように全てを把握してやっていたのか?は言うまでもないだろう。


決裁文書等への署名についても麻生財務大臣の言う事が実務上の事実で、野党の連中がそれを攻め立てるなら、
彼らも決裁文書を全て完全に把握して署名捺印しているはずだが、そんなヤツは会社でもなかなか見た事はない。

一部上場の社長が、自分の名前入りの契約書や決裁書を現場と同じ情報量で把握していたら仕事が回らない。
ポイントだけの把握で仕事を回せるから重要役職者は他の重要な仕事に時間を回せるのだ。
当然政治の世界も同様で、事務方がキチンとやるから政治が回せるのは道理だろう。
従って事務方に不備があると今回のようになる。
野党のこの点での追及は正論と言えども現実的ではない。

そもそも大組織というのは管理者が事務一般を全てやらないようにできている。


それにしても財務次官のセクハラ問題はタイミングもやっていることも対応もまずかった。
セクハラ問題は決して軽い問題ではないが、北朝鮮問題、外交、経済問題など様々な問題・課題をクリアーしなければならない中で、こうした問題の発生は事務方のトップとしては絶対に避けるべきことだったとだけは言っておこう。そのために財務省は東大法学部卒を採用しているのだろうが、今回の事で偏差値と性癖には関連性がないと分った。


安倍政権がここまで様々な問題に見舞われているのは先に書いた憲法改正に反対の勢力か消費税を確実に上げたい財務省だと思うのだが、財務省はトップの辞任問題もあるから、どうやら憲法改正に反対の勢力が工作しているという方に説得力があるようだ。しかし確証はない。

過去の事例を見ても大抵の場合、マスコミが煽る方向の反対側に真実が隠れている場合が多い。


ここからが本論だ。

この先、安倍政権がどのような対応するかとマスコミの空気の作り方によって日本国民の未来に相当が影響が起こる。端的に言えば、岸田文雄氏、石破茂氏、はたまた野田聖子氏、小泉進次郎氏辺りがポスト安倍として

名前が出ているが、いずれが総裁、首相になっても2年以内に日本の株価は大幅に下がり、デフレに戻り、消費税増税、金融、財政の引き締めの影響で不況に戻るだろう。

失業率は4%を超える域に上昇し、当然自殺者も増え、新卒者は氷河期を迎える。人々は貯蓄に走り更にモノが売れなくなり、企業業績は悪化し、給与が下がり、場合によってはリストラだ。
仮にそれが2020年の五輪後の経済低迷に重なれば相当なダメージがあるだろう。


さて、特に今の大学1年、2年生にこれを伝えたら彼らはなんというだろう?
安倍政権に問題があるのは分かったが、首相を交代してもいいが経済運営は継続してくれ、だろう。
もしくは安倍政権にそのままやって欲しいと言うだろう。

数年以内にこうした経済状況になる理由は簡単で、上記首相候補者の全員が反リフレ派だからだ。
人によってはアベノミクスを急激にシフトチェンジしないと語る人もいるが、
マーケットは反アベノミクス派だというだけで将来を悲観しそれが市場に数値として織り込まれ現れる。

現在の安倍政権のバタバタさ加減はちょっと見ていて酷すぎると思っている。
数々のスキャンダルについては、メディアの印象報道や化粧の厚い情報操作もあり、
全てが世間で言われているような感じだと思っていないが、それでもこれだけ色々と出てしまうと印象が悪い。

今の私の関心事は、安倍さんは9月の総裁選挙前に解散総選挙をやるかどうか?という事だ。

支持率が余りにも低いので自民公明での過半数へのリスクは高いし、自民党の政治家諸氏からも文句が出る恐れがあるが、一旦解散して少なくとも民意を問い直すという方法でリセットを掛けた方が良いのではないか?と考えるのではないだろうか?
「森加計福田」「文書問題」と様々な課題の多い政権だが、国会がエネルギーを注ぐべき部分を整理した方がいいだろう。

それはすなわち野党側にも重い責任がある。

今の野党の状態で連立過半数なんて維持できるはずもない。
希望の党と民進党が合併なんて話もあるが、つい昨年分裂したばかりじゃないか。
バカも休み休み言えって感じだ。だからあの連中は信用されない。
立憲ははなから政権を取る立場を放棄し、ヤジを飛ばしているだけの集団だ。
責任のある政党を自認するなら、政権を取った時にどういう政策を実現して行くのかを示すのが礼儀だろう。

チャンスがあるとすれば、原発問題と再生エネルギー問題だが、国民がそこには注目していないのがつらい。
(そういえば、河野外務大臣が一度だけ中国の再生エネルギーへの対応を見て日本の状態が危機的と発言したが、その後報道からは消されてしまった。多分、東京電力辺りから圧力があったのかもしれない。
そういう意味で野党にもチャンスがない訳じゃない。)
いっそ小泉さんがどこかの野党統一政党の党首になって、なかなかまとまらない野党の連中を引っ張れば
勝てる可能性だってあるのだが、野党には小泉さんのような人材がいないのが勝てない最大の理由だろう。
希望の党の時は民進党の腰の据わらない目先の議席が欲しい連中が小池さんに託したが大失敗。
野党の最大の問題は、リーダーと目される人材が全く見当たらないことだろう。

だから仮に夏前までに総選挙をやったら自民党が過半数を維持するだろうと思う。

野党には申し訳ないが、小選挙区制は少数政党や分裂した野党諸党には余りにも分が悪すぎる。
毎回投票先を迷う私のような人間にとって、共感する野党があったとしても入れたい人が自分の選挙区にいないなんていう経験をした人は多いだろう。

どうでもいい人に入れて死に票になる位なら選挙に行くのを止めようと思うかもしれない。
そしてそれは結果的に自民党を利する。欠席は現状維持の表れだからだ。

野党結集は自明の理なのだが、野党の残念な部分は優先すべき課題に対して一枚岩になろうとしない愚かさだろう。
「政治は数だ」と言ったのは現在野党議員の小沢一郎氏だが、少なくとも野党結集をする意味では正しい理屈だ。
数が集まらなくてどうやって自民党と公明党の連立を崩せるというのだ。木を見て森を見ずの典型だ。

残念ながらというと変だが、自民党の凄さはオールインワン政党だという点だ。
右から左までずらりといて、それぞれが丁々発止しているが、
ある一定のルール下で決まった点については大人の対応をする。
それは自民党という政党にいることのメリットが物凄いインセンティブになっているからだ。
だからあの辺の安定感は捨てがたい。

我々には今でも民主党時代の物凄いトラウマがある。
そのトラウマは、結局左派系政党には政府の舵を任せる事が出来ないと身に染みてしまった事だ。
左派系政党にも非常に優秀な議員が多いと思っているが、
いかんせん自己主張が強くチームプレイをする際に能力が劣る。
また菅政権にしろ鳩山政権にしろ、巨大組織運営の経験のない人たちが
突然ジャンボジェットのコクピットに座ってしまい、
どのボタンを押したら飛行機が動くのか分からなかったといった感じだ。
そういう意味で3.11の震災はそれらを恐ろしいほどに増幅させてしまった。

民主党時代、一旦内部で対立があると全体に亀裂が走ってしまい崩壊が止まらない。
個々の理屈にエネルギーを注ぎ、大儀を忘れてしまう。
そういう事実を目の当たりしまったことは大きい。

じゃあ今の自民は民主党のそれより上なのか下なのかという議論はあるが、
少なくとも今の自民党政権は、外交的、経済的には圧倒的に上だろう。
政治家の人材が限られている中で選択しなければならないとすれば、
今の政権を放棄するのは国益に叶わないと思う。
政権を細かく交代すると外交的に不利であり、経済的には前述した通りだ。

モリカケ問題も1年以上やっている。
政治家の不正行為があった確定的な証拠は見当たらない。
愛媛県前知事が言うようにもともと加計ありき進んでいたのは議論の余地がない。
理由はシンプルで加計だけが唯一手を挙げていたからだ。
文科省が長年に渡って獣医学部設置のエントリーを門前払いしていた事は本来的には法律違反行為だ。
この点についてマスメディアは全くと言っていいほど取り上げず、
前川氏という元の事務次官を悲劇のヒーローにして安倍首相に瑕疵があるように印象操作をしているが、
これはさすがにやり過ぎだろう。

確かに加計氏と安倍首相の人間関係から何等かの優位な計らいがあったかもしれないという
想像力を逞しくする蓋然性があり、そう見たい気持ちも分からないでもないが、
本件は政治家が認可に関与できる部分が全くない事例であり、
無関係な事象を結び付けてさも本当であるかのような
フェイクストートーの挙証を求めるのは酷じゃないだろうか?


さて仮に自民が勝ってしまった場合、現行制度では民意があったと言える訳で、
そうなれば9月の総裁選挙は免除になるだろう。
私は安倍政権に全面的賛成をしている訳じゃないが、
少なくとも多くの日本国民は現在の経済効果を捨てられるほど勇気はないだろうというのが私の印象だ。

以下のアンケートは1つの事実だが、これをどう読み解くか?
少なくとも共同通信の世論調査とはちょっと数値感が違うのは気になる。


ニコニコアンケート:月例ネット世論調査2018年4月
https://enquete.nicovideo.jp/result/128


政権交代をして起こるだろう経済の混乱を本気で避けたいのなら
安倍政権が継続するのが経済、外交的には国益に叶うと思っている。
そんな訳があるはずないという方も多いだろうが、自民党でも少数派の左前の経済政策を取っている安倍政権であり、本来はリベラル野党が応援すべき政策だと言えるのだ。

私はただ、現状の経済政策を現状データから評価をしており、日本国民として何が国益化をキチンと考えた方がいいだろうという事を言いたいだけだ。


野党の諸君も、本気で政権を狙って自分たちの政策に反映させたいのなら、自民を凌ぐ人材をリーダーにして結集すべきだろう。そうでなければ、永遠に「言うだけ番長」だと揶揄されるばかりに立場になるだろう。


追伸:

福田淳一事務次官のセクハラ問題で、テレビ朝日の小松アナが自分の所属する
テレビ朝日に対して批判をした件について、その勇気を讃えたい。
報道関係者としては当たり前の行動だが、会社人としてはかなり勇気を必要とする。

テレビ朝日がこの件で小松アナに人事制裁を加えない、肝っ玉の広い所を見せれば
格が上がるだろう。

残念だったのは、「報道ステーション」の後藤謙次氏の発言。

「テレビ朝日、最初女性記者から相談を受けた時の対応は大いに反省して貰いたい。
ただ今回、記者会見して事実を公表した、これはぎりぎりセーフ。
テープ提供した事で職業倫理を問われていると言う声があるが、私はそうは思わない」。
つまり「今回(テレ朝が)記者会見をして事実を公表」「彼女の意をくんだテレビ朝日側の対応」をギリギリセーフとまとめたのだ。

テレ朝が記者会見したのは新潮の雑誌報道や世論に押されて止む無くやったことだ。
自主的判断ではない。まずその点が問題だ。

また女性記者の取材の在り方、記者の上司がセクハラの訴えに耳を傾けなかった事実、テープ提供した事で職業倫理など問題だらけだが、後藤謙次氏はセーフをまとめた。
これらは小松アナとは違う見解だったようだ。
色々な意見があってもいいだろうが、今後「報道ステーション」を見るのは止めにすることに決めた。こんな人材で報道されても信用できないだろう。
だが小松アナには注目して行こう。





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https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180409-00000241-sph-ent


経緯については以下のまとめサイトが詳しい。
http://clippy.red/entertainment20180405-2/



今回、軍団諸氏のSNS上の書き込みや発言でオフィス北野の経営状況が露出してしまった。
大物タレントさんのいる事務所としては異例の事態だ。


■ダンカンさん公表による「オフィス北野」の業績:

ダンカンさんによると売上の8割はたけしさんだそうです。

2012年 売上24億4500万円 利益2800万円
2013年 売上23億6100万円 利益9600万円
2014年 売上24億2300万円 利益4900万円
2015年 売上24億4500万円 利益5600万円
2016年 売上25億9300万円 利益1億1700万円
2017年 売上約24億円 マイナス500万円の赤字


上記の利益とあるのは営業利益の事だろう。
2012年度から2016年度までの5期は黒字、2017年度には僅かに赤字だ。


いずれにしてもオフィス北野の企業規模は24~25億円で、営業利益率は1%~5%程度となり、
企業としての利益率は決して高いとは言えない。
さてこの規模の企業のトップ経営者の報酬額はどの程度が適切なのだろうか?

今回の騒動で森社長の報酬が1億円に近いと暴露された。事実かは分からない。
ただ近い関係者の情報としてこの金額を参照するしかない。

さて、果たして彼が受け取っていたこの報酬は、
この会社の規模として適切だったのかを検証してみたい。

大きなお世話だと思っているが、頭の体操としてやってみた。


まず、比較対象がないと適正かが分からない。
そこで一部上場企業の経営者(代表取締役社長)で1億円以上を受け取っている企業のリストは以下にある。


なお、1億円周辺というレベルになると上場企業の500位程度のランクになるようだ。
さてこれらの企業の経営規模はおおざっぱに拾うと以下のようなものだ。


アシックス:売上4,000億円(連結) 営業利益195億円。
マブチモーター:売上1,469億円 営業利益240億円。
ライオン:売上4,100億円(連結) 営業利益270億円。
カルビー:売上2,520億円(連結) 営業利益288億円。
ミクシィ:売上2,007億円(連結) 営業利益89億円。



上記を見ても判るように、一部上場企業の経営者(代表取締役社長)で1億円程度を受け取っている人たちは
例外なく売上が1,000億円以上(連結)の規模があり、50億円以上の営業利益を出している。
実際、私がかつて所属していた企業は、売上1,000億円で営業利益が100億円程度だったが、
社長の報酬は1億円には遥かに届かないと理解している。


さてこれらと比較して24~25億円の企業の社長が1億円近い報酬を取っているのはどのように映るのか?


上場企業と違い、個人商店のような会社の場合、特に経営層の報酬制度は恣意的になりやすい。
上場企業の場合は、外部取締役を入れての報酬委員会があり、一定の範囲で管理されているが、
芸能界の事務所の場合の多くは非上場企業であり、報酬ルールの規定が曖昧になりやすい。
それでも株主はいるため、本来は株主総会を開催して議決するべき内容だ。

これはあくまでも個人的な意見だが、「オフィス北野」の業績を鑑みた場合、社長の報酬として適切だと思われるのはかなり上限値としてみても年収1,000~2,000万円程度だろう。
また2017年度がマイナス500万円になっているが、経営陣が一部報酬を返上すれば会社を赤字にするこはなかったのは明らかだ。

会社に赤字があると資金調達が困難になりやすい。それでも法人税を考えて赤字にしてしまう中小企業があるが、大抵の場合家族経営のような場合が多い。

通常会社を赤字にすることは経営者としての能力に疑念を持たれる端緒になるが、
500万円程度なら経営努力でいかようにもなる数字だ。
オフィス北野の社長が1億円近いということは副社長、専務クラスは数千万以上と推定でき、
報酬総額が営業利益を大幅に上回る事になりちょっと適切とは言い難いだろう。

また経費も比較的自由に使える立場であるだろうと推定され、
そうした金額を含めるとかなりの額を裁量できたと考えられる。
500万円程度の赤字なら資産売却や報酬カットで対応できそうだが、
それらをしなかったのだろうか?


週刊新潮には森社長の以下のようなコメントが掲載されていた。

「きっかけは、1994年にたけしさんが起こしたバイク事故。
『この業界はいつ何が起こるか分からない』という教訓を得た。
その思いから払えるときに払っておかないと、いつ従業員に十分な手当をしてあげられなくなるかわからない。
したがって経営が上手くいき黒字が出ているときはなるべく従業員への
給与・賞与を多くしそれが従業員のモチベーションにも繋がるし、ひいてはいい人材を集めることにもなると考えた」



なるほどと思わせる内容だ。

これを読むだけで感じるのは森社長には従業員思いの優しさがあるという事だ。
しかし違う言い方をすれば、『この業界はいつ何が起こるか分からない』ということなら、
会社を永続的にさせるため、経営者として何をすべきだったかについても思慮が必要だったという事だろう。
残念ながらオフィス北野は北野さん以外に大玉のタレントがいない。

ひょっとしたら森社長は北野さんの一代限りの事務所と割り切っていた部分があったかもしれない。

北野さんという希代に才能が君臨する事務所であるため、
北野さん抜きで新しいタレントを育成し難かったのかもしれない推察はできる。
それでも従業員や所属タレントの未来・将来を見据えるなら、新しいタレントの育成や新しいビジネスの構築が
必要だったかもしれないと思うし、北野さんのいない時代への準備も必要だったかもしれない。
いずれにも経営者の仕事である。



業態は違うが、ソニーと比較してみよう。
2017年度の営業利益は約6,500億円(予想)で、社長の報酬は5~7億円程度だとされる。
営業利益に対する社長報酬率は、0.001%程度だ。
(企業規模が一定以上に大きいと利益と報酬の比率が極小的に変動する事実があることは記しておく)

ちょっと乱暴な計算方法だがこれをオフィス北野に対してそのまま当てはめてみると、2016年度でも117万円ということになる。
ミクシィと比較してみても140万円程度しかない。
単純な数値比較の計算からだとこういうことになる。

つまり事業規模がないと高額報酬は経営に相当な負荷をかけてしまうということを理解して欲しいのだ。
役員報酬を含めた人件費の比率のあるべき料率は事業規模に関わらずある程度の範囲が決まっている。

たけしさんが辞める前の段階においてこれが経営上、適切な範疇だったかは検証しておいた方がいいだろう。
(誠にお節介な話だというのは理解して書いております)


さて、私の知り合いの会社を例の取って比較してみよう。
彼の会社はオフィス北野と殆ど同規模売上と利益で経営をしているのだが、
友人である社長の報酬額は約1,000万円だ。
1例だけでは全てを語れないが、つまりこれがこの規模の経営者の市場価値と言えるのだろうと思う。

従って前述した年収1~2,000万円を報酬として得るためには現在よりも
大きな利益を会社に残す経営が求められるというのは想像に難くないのはお分かりだろう。


上場企業であれば本部長クラスで年収2,000万円はいるが、そのクラスになると部門だけで50~100億円以上を売上、営業利益も数億~10億円単位をたたき出すレベルだ。

従ってこれまでの森社長の1億円近い報酬が事実ならば、明らかに企業経営の規模に対して
かなり大きすぎると結論付けるしかないだろうと思う。


今後たけしさん抜きで、タレント数も減った会社での経営となれば、売上、利益共に激減することは想像に難くない。
仮に売上3億円、営業利益3,000万円程度だとすれば社長報酬の上限は700万円~1,000万円程度が妥当と言っていい。
芸能界の社長は激務なので少ないとも言えるが、報酬金額を上げるには経営の規模を拡大するしかないのは世界中同じだろう。


通常経営者は利益に対して報酬が設定されるのが一般的だ。

従って報酬のベースラインを決め、利益と報酬を連動させる設計をしておけば、
経営者としてもインセンティブが働くということになる。
たけしさんの離脱は経営的には大きな危機だが、これを期に新たな体制で会社を作り直すという事も可能であり、是非挑戦して成功をして欲しいと感じている。


今回の騒動の情報を見て、ふとそんな事を思った次第だ。



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