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ドキュメンタリー映画『Demain(明日)』を見よう!(と思っている) [独り言]

フランス話題のドキュメンタリー映画『Demain(明日)』が日本で公開されるようだ。
メラニー・ローランさん(女性)とシリル・ディオンさん(男性)という
共に30代の二人の映画監督による作品らしい。
TBSラジオの森本毅郎氏の番組で紹介されていたが、映画製作のきっかけはローランさんが妊娠している時、
2100年には人類のほとんどが滅亡する、という研究結果を知ったことであったという。
子供達の世代は、水やエネルギーに乏しい環境に暮らす可能性がある事実に戦慄したようだ。

そうなんです。私、独身で子供がいないのですが、子供を作る気持ちに全くなれなかったのは、
未来の状況が人類にとってかなりの困難が予想され、そこに自分の子孫を残す事をためらったからでした。
(それでも未来の人類が皆で問題を乗り越えられるかもしれないという希望は捨ててないのだが・・)

今の若い人たちの中からこうした恐れを抱く人たちが出て来るのは自然な事でしょう。


映画『Demain(明日)』はこれを書いている時点では見ていないので、映画へのコメントはできないが、
未来永劫人類が生きてゆくために、絶対条件は既にハッキリしていると思っております。

「地球環境に出来るだけ負荷をかけず人類の生活を営む」ということです。

しかし、上記の一行を実行するのは難しい。

でもそれを行わないと未来の人類は果てしない苦難の道を辿ると思っております。

悪貨は良貨を駆逐するではありませんが、人類の一部がこの思想と外れて勝手気ままな生活を営めば、
残念ながら未来の人類は果てしない苦難の道を辿るでしょう。
つまり、上記テーマは世界が一丸となってやらなければ解決できないのです。


私個人の感覚ですが、既に人間社会は必要以上に便利です。
経済や効率の観点とは真逆な発想ですが、持続可能な社会維持のためには
実は不便にした方がいいと思ってます。
またインフラ整備の環境も居住地の集約化等で整理統合しないと持続した社会を維持するのは
困難でしょう。

現代は必要以上にモノにあふれております。
食料にしても水にしても財にしても人間が一生を送るには過剰なほどのモノに囲まれております。
これは人間の欲との闘いなのでしょうが、冷静に考えればこれほど多くのモノは不要でしょう。

また、我々は処理できない以上の情報に囲まれております。
ネット社会の利点はよく理解しておりますが、
情報を得るためにかかっている負荷について考えるべきでしょう。

昨今シェアービジネスが活況を呈してきておりますが、私的使用を整理し、
公共利用で賄えるシステムを構築すべき時代が普通にならざるを得ません。
そうなると経済的な影響を無視できませんが、地球が維持できる人口のサイズに限度がある訳ですから、
経済が永遠と伸びると考えるのはむしろ変で、どこかにある均衡点でケリを付ける必要があります。

現在の人類はリサイクル不能なものによって命脈を保っております。
原子力発電はその最たるものですが、明らかに自然の成り行きと逆行するものに
依存し過ぎており、経済を維持するために離脱することが難しい状況です。

私の言っていることは現状では夢想に近いかもしれません。
しかし映画『Demain(明日)』のメッセージは私の言及していることに近いでしょうし、
正しいビジョンだと思っております。

人類が瀬戸際に追い込まれる前に実行できれば未来はあると思いますが、
それは未来を生きる現代の若い人たちに託されており、
我々の時代の人間がその先鞭をつけるべきと思っております。









NHKスペシャルは宮崎駿氏の新作長編ドラマへの壮大な予告編のような番組だった(?) [独り言]

11/13のNHKスペシャルは宮崎駿氏の新作長編ドラマへの壮大な予告編のような番組だった。
現在75歳の宮崎氏が己の性ともいえる作品作りの情熱と自分自身の寿命と戦っている様子がよく伺えた。
しかし私がこの番組を見ていて感じたのはトップクリエイターの残酷(非情)と純粋さなのだ。

短編作品をCGで制作するという宮崎氏にとって初挑戦において、ご自身も理解できないような「腑に落ちない」
何かに悩まされる。当初、CGクリエイターたちはある程度の時間でできるだろうと思っていたようだが、
いざ作り始めてみると宮崎氏からの想像を超えた要求に対応できなくなってしまう。
また、その理由が宮崎氏以外に分からず、本人でさえも明確に分からないという時間が経過してしまう。
本人すら回答のないものへの要求にCGクリエイターたちは追い込まれる。
CGクリエイターたちもクリエイター集団の一角を担っているが、存在も経歴も上の宮崎氏からの要求は
相当な重荷だった様子が伺える。
しかし作品の質が担保されなければお客さんに応える事が出来ないという宮崎氏の純粋な信念は揺るがない。
そしてその質の担保は宮崎氏が納得するか否かが全てという非常に個人的な世界観なのだ。

こうした作品成立過程を見ていると、トップクリエイターは成果に対して冷徹で残酷だ。
それはあたかもグローバルトップ企業の経営者が利益を希求・追求するためには、
理由の如何を問わないような部分と重なる感じがする。
作品を作る事と利益を上げることは性質が違うため比較するのが不適当かもしれない。
言い方を変えると目的達成のためには必要な犠牲を厭わないという姿勢だ。
作品の場合、その冷徹さが偉大な結果を生むとも言えるのだが、
実際、それら作品は宮崎氏が全てを作る訳ではない。
映画の場合に限らず、多くの手が関わっているからだ。それでも宮崎氏の存在とビジョンは圧倒的だ。

番組でも紹介されていたが、宮崎氏の作品が生まれる過程で関わった多くのアニメーターは現在ジブリにいない。
作品のヒットの金銭的・社会的恩恵は生みの親である宮崎氏と法人であるジブリに帰るだけで
その周辺で仕事をしていた多くの人達ではない。
それがこの業界の掟である。(世の中はそんなものだという言い方もあるが・・)
こうした現実は否定しないが、残酷な現実であることも事実だ。
映画は多くの人間が関わり1つの作品を作る。そしてその制作形態は「中央集権型」だ。
ジブリ作品の場合、ヒエラルキーの頂点にいるのはプロデューサーの鈴木氏であり、宮崎氏だ。

番組の終盤、長編作品の覚書なるものをプロデューサーの鈴木氏に見せる場面があった。
宮崎氏は「鈴木さんが資金を調達してきてくれたら出来そうだけど・・・」と言いつつ、
3年半後の公開予定を見据えた予定表を見せる。
そしてその表の最後には「80(歳)、果てして生きているか?」の文字が見えた。
宮崎氏のような特異なクリエイターは代わりが居ない。自分の余命を意識し始めたクリエイターの心中は計り知れない。

この覚書を読んだ鈴木さんの心の奥底は想像するしかないが、宮崎氏に長編を作るだけの体力と時間が
あるだろうか?という懸念と、宮崎氏が満足できるような作品を作る体制が構築できるか?だろうかという懸念が
頭の中に浮かんだ事だろう。
2016年10月、色彩設計を長年務めていた保田氏が亡くなった。
それだけでも体制構築にはかなりの損失だ。
鈴木氏が冗談めかして言っていたが、絵コンテの段階で死んでしまったら誰がその先を作れるのか?
宮崎氏を一番好きで理解しているだろう鈴木氏にとってこの覚書は悩ましいだろうと想像する。

この番組で非常に印象的な場面があった。
ドワンドの川上さんが持ち込んだAIを使った自動生成のアニメーションソフトだ。
画面には頭を使って動く気持ち悪い人間が映し出される。
それを見た宮崎氏が自身の知り合いである障害者との関係性を引き合いに出し、「これを作る人たちは痛みとかそういうものについて、何も考えないでやっているでしょう。極めて不愉快ですよね。そんなに気持ち悪いものをやりたいなら、勝手にやっていればいいだけで、僕はこれを自分たちの仕事とつなげたいとは全然思いません。極めて何か、生命に対する侮辱を感じます。」 と発言する。
そして「どこにたどり着きたいんですか?」と問う。
これを聞いたドワンゴ関係者は言葉を失ってしまう。
なんでもかんでも自由な発想ができ作れる時代に根源的な問い質しをされたからだろう。

宮崎駿監督、ドワンゴ川上量生会長を一喝「生命に対する侮辱の記事:http://www.huffingtonpost.jp/2016/11/13/miyazaki-hayao-dwango_n_12950618.html?ncid=fcbklnkjphpmg00000001

クリエイターに限らず世を貫く成果を上げる人たちには非情で冷徹な素養がある。
しかし上記の宮崎氏の考え方を知ると生命を描く事に対して、その位でないと描けないんだという気持ちが伝わってくる。
私はそうした素養も気概もないため、どうしても様々な場面で手加減してしまう。
そのため成果も中途半端だ。
仕事の成果に対して信念を持って非情で冷徹で成果を出せる人を羨ましく思う反面、もう自分にはそこまでせめぎ合う人たちとはエネルギー負けするな・・と感じている。
そういう意味で、今後は偉大なクリエイターたちの作品を純粋に楽しむ立場でいようと思う。

オリンピックまでに次の宮崎作品が見れるだろうか?



50代でこんな事を考えるのは早すぎるだろうかね??っていう記事 [独り言]

2016年11月8日(火)記載

ここ数カ月、気力の衰えに悩まされている。(相撲取か・・・)
現状のビジネスでの業績が上がらないという事もあるが、
新しいビジネスへのアドレナリンもなかなか出ない。
 
かつての私なら未知であればあるほど興味を抱くはずの新規ビジネスへの挑戦だが
若い頃のような無邪気なパワーが出てこない。
そう、若い頃のような「無邪気なアドレナリン」が出ないのだ。そういうものなのか?
 
先日吉田拓郎さんのインタビューを見ていたら、生活感や人生感が50歳を過ぎて圧倒的に変化したと言っていた。そうか、そういうものなのかもしれない。 

年齢を重ね、経験を積み、情勢分析をし、冷静になって考えられるようになったとも言えるのだが、
「夢に向かって・・・」的な野放図な事を言っていられないという感覚の方が勝ってしまっているようだ。

そういう意味ではある種の「鬱」なのかもしれない。
 
そういえばとありネット記事で読んだのだが、武田鉄矢氏やビートたけし氏が40代から鬱になったとあった。
彼らのような才能のある人達が鬱になったのは、その年齢で自分の考えられる夢の実現を
早くも果たしてしまった事が大きかったと分析しているようだった。

自分を奮い立たせる目標を失ったということだろう。

私は彼らとは違い凡人だ。

それでもここ最近の自分の思考回路を探ってみると
自分の中で新しい達成目標の設定に迷っていることが分かる。

若い頃に夢見て来た事の半分位は叶い、半分は能力不足で諦めたが、
我を知り、己を理解するに従い、残りの人生でどんなサプライズがあるのだろうか?と
見極めてしまっている自分があるのは確かだ。

会社の立場も若い連中を指導するような感じになりつつある。
守りに入ったとは考えたくないのだが、そういう冷めた自分がどこかに存在しているようでもある。

もちろん残りの人生で色々な事が起きるだろう。
60過ぎて新しい事を起こした人も多い。
でも、そういう人たちは実は極僅かだという事実もある。
五木寛之氏の「下山のすすめ」には人生の終盤に向う心構えが書いてあった。
抗なうのではなく、受け入れろ・・と。
 
 
タモリさんも友達に関してこんな事を言っていたようだ。 
 
そうなんだよね。その気持ち、凄くピンとくる。
友達って言える人間関係を持っている人って、良く考えると数人しかいないんだよね。でもそれでいいんだよね。自分がそれで良いと思っているのなら。それが自然なんだよね。
 
人の事はともかく自分の人生を今後どのように過ごし、そして終わらせるかは
私以外の人にとっても大きな課題なのだろう。
そしてそれは全ての人にやってくる。

最近問題を起こす高齢者の記事を読むにつけて、
自分があんな風になったら嫌だな・・とか思う。
またアルツハイマーで自分が誰だか分からなくなるという状況になるのも避けたい。

自分の資産状況も分かっているので、経済的な未来もある程度予測が立ってしまっている。
決して楽観できないことも事実だ。
そう考えてみれば、若い頃のように無邪気でいられるはずもないのだろう。

それでも、一体自分は何をしているのが好きで、何をしたかったのか?
あたらめて自問しようと思う。

何をやれるかはともなく、出来れば死ぬ直前まで自分のペースにあった仕事をやりながら逝きたい。

50代でそんな事を考えるのは早すぎるだろうかね??
もしかしたら人並みになったのかな?





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何故私は大好きだった音楽業界に戸惑いを憶えるのか? [独り言]

何故私は大好きだった音楽業界に戸惑いを憶えるのか?

私の心の奥底では今でも音楽の魔法を信じている。
小中高時代に音楽がかけてくれた魔法の記憶と体感はかけがえのないものだ。
私の時代を彩ってくれた音楽は、今でも私の宝物だ。
私の一世代上の団塊の世代に生まれた超優秀なミュージシャンたちのお蔭もあり
私は恵まれたポピュラー&ロック音楽の進化過程を体感できた。
加えて78回転アナログ盤→LP&EPアナログ盤→CD→配信、またアナログ録音→デジタル録音という
技術的変遷も同時に体感し、絶え間ない変化と革新の過程にあった大衆音楽は、まさに時代を作った「メディア」そのものだった。

だから社会人になり、音楽に関わる仕事がしたくて音楽業界に潜り込んだ。
約19年、その場所にいた。そして一度その場所を離れた。
それから約14年を経て、まだ音楽業界に戻ってきた。

随分と景色が変わってしまった。

残念ではあるが、音楽業界にはかつてのような熱気や活気がなくなってしまった。
もちろん、今でもライブビジネスを中心に活気のある音楽活動やアーティストは存在する。
しかし、ネットによる情報過剰の時代と趣味嗜好が多様化の時代になり
音楽そのものが世の中を動かすパワーを相対的に削がれてしまったことは
時代の趨勢とは言え慙愧の念を禁じ得ない。また人間がいい曲だと感じられる音の順列組み合わせはほぼ出尽くした感があり、音楽そのものに新鮮さを憶えるのは難しくなったこともある。
そのため、現代の音楽業界は、時代の波に晒されてビジネスモデルを大きく変えざるを得ないような様相である。
しかし特にレコード会社の人たちと話していると、大半の人たちがかつての栄光を忘れられないのか、あるいはまだ自分たちの過去のモデルが通用すると思っているのか、相変わらずCDを売る事にしかエネルギーを注いでいないようだ。

明らかにCDが売れない時代になってもう15年。

ここ最近はAKB商法なんていう言葉も出るような時代で、CDそのものよりもオマケの価値が高く、
無理矢理CDを販売している時代であるにも関わらず、レコード会社の方々はCDを売る事に熱中している。
音楽よりも「モノ」を売る事が彼らの使命になっているかのようだ。

最近のレコード会社には若手のスタッフが圧倒的に少ない。それも無理のないことで、Googleとフジテレビから内定をもらった若者は迷わずGoogleを選ぶ時代なのだ。若い人たちにとってレコード会社が今後30~40年、自分たちのキャリアを支え豊かにする産業とはとても見えないのは当たり前なんだろう。
従って若手スタッフの流動性が下がる。それは古株、つまり栄光の時代を知った古手のスタッフが保守的に経営をしている組織であり、新陳代謝や新しい発想で今後のレコード会社を運営しようという体質からほど遠いということだ。
レコード会社は過去25年余り、ビジネスモデルを見直す機会が多くあった。
多くのレコード会社がそれに着手できていないのは過去が余りにも良すぎたのかもしれない。
いずれにしても社会からの役割は終わりつつある。 

私の時代、レコード会社は、時代の最先端を行っており、最も憧れていた職種の最高峰だった。
それが40年程度の間にここまでみすぼらしくなるとは、失望を通り越して絶望に近い印象だ。

エイベックスのような新興レーベルは、こうした時代の波を先読みして早期の業態転換を図っているが、
そういう彼らでもあと20年という時間を見据えると生き残れるかどうかは私にも分からない。
ましてや古株のレーベルは業態転換を図ろうとする施策さえ見えてこない。
最近はレコード会社も360度ビジネスをやろうとしているが、そもそもレーベル社員にそのスキルがあるかどうかすら疑問だ。
同じ業界には既存のマネージメント会社も多数あり、ビジネス上の衝突を回避できなくなれば、レコード会社の存在は増々不利に働かざるを得ない。
昨今の音楽業界では、マネージメント会社の方が圧倒的に優位で、レコード会社の幹部が、マネージメント会社の役員に天下り出来れば最高のキャリアアップとさえ言われている。レコード会社は絶滅寸前の恐竜のような存在になろうとしているようだ。

とあるレコード会社の人からは、「今でも音楽業界の中心はレコード会社なんです!」と聞いたことがある。
本当にそうであるなら、現代の多様性が全くない年間オリコンチャートは彼らの意思表明なのだろう。

昨今はヒットチャートに関係のないところで有力な活動をしているミュージシャンが多い。
一般的には無名だがツイキャスでは大人気のミュージシャンが両国国技館を満員にしてさえいる時代になったのだ。
また、オリコンには全く登場しないバンドでも1万人規模の集客をするような連中だっている。

彼らの名前を教えられても私には全く分からない。しかしこの集客力は凄い。そして、これが事実なのだ。

昔のようにテレビ雑誌で全国区的な名声を得て影響力を作る時代は終わったようだ。
一般的には無名でもニッチなファンに深く突き刺さるミュージシャンが時代を作っているともいえる。
現代的なサブカルとも言える世界で生息するミュージシャンたちが、メジャーを超え始め違う音楽進化を遂げ始めている。 

そういう意味では、私も保守的な古株なのだろう。
私の時代もそうだったが、新しい文化は若い世代が作り出すものなのだ。

オジサンの出る幕はない。

私が戸惑っているのは、それを目の前で見せつけられ、自分の方程式では解を得られなくなっているからだろう。
また同じような古株連中が、若い連中に負けないぞ・・!と息巻いて解を持つ力もないのに頑張っているからかもしれない。
スティングやオールマンブラザースを知らなくたってどうってことのない時代の若者が文化の中心なのだ。

そういう意味で、私は若い人たちに任せるという選択をした。
私ができるのは応援することだけだから。
そして私は自分を彩ってくれた音楽をひたすら愛しむ。まだ聞いた事のない曲なんて数万曲あるし。それで十分だ。







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安楽死について [独り言]

安楽死について


世界的に安楽死を容認しているのは以下の国家ということだ。

スイス - 1942年
アメリカ(オレゴン州) - 1994年「尊厳死法 (Death with Dignity Act)」成立
オランダ - 2001年「安楽死法」可決。
ベルギー - 2002年「安楽死法」可決。
ルクセンブルク - 2008年「安楽死法」可決。
アメリカ(ワシントン州、モンタナ州) - 2009年
アメリカ(バーモント州) - 2013年
アメリカ(ニューメキシコ州) - 2014年
アメリカ(カリフォルニア州) - 2015年


安楽死をどう捉えるかは非常に困難な問題だ。個人思想、宗教が絡むとなおさらだ。
安楽死の法制化は国家による殺人の肯定と考える人もいるだろう。
そういう見方を否定も出来ない。

しかし個人的には国家による安楽死という選択を日本も考えざるを得ない時機がそう遠くない日に
来るだろうと思っている。本当はそういう選択がないのが一番だが、
この動きは人類が自然に矛盾した生き方を選んだ事の反動だと思っている。
明治時代の平均寿命が50歳前後だった日本は、2016年の今や男女共に80歳を超えてしまった。
この先更に寿命が伸びそうな勢いである。こんなに急激に寿命を延ばした生物は人間だけだ。

こうした寿命の在り方は、自然の摂理とは合致しないように思っている。
人間の医療改革や食生活の改善は、自然摂理を超えて人間の寿命を延ばしたと思う。
またアルツハイマー病や老化を解決する医療の発展も今後開発されるだろうと言われている。
しかし、現代社会において、健康寿命は男女共に70歳前半で、残存寿命の12年は病気との闘いとなる。
私は50代の人間だが、幼少時代、還暦を迎えた人は全員高齢者、つまりお爺ちゃん、お婆ちゃんだった。
大抵は60代後半から70代前半で死に、それが一般的だった。
年金制度の設計もその時代を基礎としており、それが現行設計とのかい離を生んでいる。

個人的見解だが、「安楽死は人生を終盤の最後の保険」だと思っている。

私は自分が何歳まで生きるのか、健康のままで死ぬのか、長患いをして死ぬのか・・、
そういう漠然とした不安がある。人口の50%の人はガンになる時代だ。
先日逝去した大橋巨泉氏も、長い闘病生活に耐えきれず、安楽死を口にしたと聞く。
病気と当事者の格闘を考えれば、彼の気持ちは十分過ぎるほど理解できる。

私は長患いをし社会復帰不能なのにも関わらず治療という名の地獄が続くことにも恐れを抱いている。
社会復帰し、元の生活を取り戻せず、不自由になるくらいなら私は安楽死を選択したい人間だ。
加えて自分がアルツハイマー病になり自分から記憶も何もかも無くなったり、
誰かの手を借りなければ普通の生活を維持出来ないのにも関わらず、
ただ神から与えられた(と言われる)命を存続させるためだけに社会のエネルギーを浪費することに耐えられないだけだ。
人生とはそういう苦難を乗り越えることに意義と理由があるという人もいるだろう。
でも、本当にそうだろうか?

老老介護による殺人、社会復帰の困難な高齢者への医療の問題、社会保障費の増大など、
これから50年を見れば、安楽死という解決方法を無視できるはずもない。
先日、相模原市で19名の大量殺人があった。殺人者は、施設入所者のような人たちへの安楽死を主張していたらしいが、私はそのような意見に全く賛同できない。 

安楽死を制度化するのは相当に難しい問題だ。
安楽死に反対する人の気持ちや考え方を完全には否定できない自分もいる。
しかし、私には安楽死という「保険」があった方が多少気持ちが楽なだけなのだ。

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ちょっと残念だったエリック・クラプトン / プレーンズ、トレインズ&エリック ~ ジャパン・ツアー 2014のDVD) [ライブ・コンサート]


エリッククラプトン / プレーンズ、トレインズ&エリック ~ ジャパン・ツアー 2014のDVDを買って見た。実際に現場で見たのは2014年2月28日(金) 日本武道館 19:00開演というものだった。現場に行って驚いたが、最前列のど真ん中・・・。クラプトンが数メートル先に鎮座していらっしゃった・・という席。
DVDを見ていたらほんの一瞬、私の姿も垣間見れた。ちょっとうれしかった。

本DVDは、本人、メンバー、UDO関係者などのインタビューにライブ映像を挟んだ音楽ドキュメンタリー映画の形式だ。インタビューを含め、なかなか興味深い内容だったが、非常に残念な点がある。

それは、武道館のライブ映像だ。正直言ってヒドイ代物だ。あれは誰が指揮して撮影したのだろうか??というほど私にはヒドイ代物と感じた。カメラマンの腕もヒドすぎるし、スイッチングもヒドイしディレクションもヒドイ。
具体的に言えば以下である。

(1)センターのクラプトンのアップは、何故か本人が下手に寄った位置にある。普通本人をセンターに置くだろう。多分ギターのヘッドが右寄りに映るのをカメラマンが嫌ったんだと思うが、見ていて気持ちの悪いが画面構成だった。ギターのヘッドが右寄りになっても切れない範囲でセンターに置くのが定石。

(2)下手の客席後ろから移動して撮影しているカメラマン。このカメラマンが一番ヒドイ。薬でもやっていたのか??
まともに撮影されている映像が皆無なのに、多数のカットが編集で挿入されている。運動会を撮影しているお父さんよりヒドイ。ステディーな映像は皆無だし、1秒として安定していない。ズームもへたくそ。ヒドイ時はクラプトンが画面センターを大きく外している上に、画面が揺れて見難い。
このカメラマン、何を主題に画面構成しているのか全く理解し難い映像のオンパレードだった。センスの欠片のないカメラマンだし、これを挿入しているディレクターのセンスも理解できなかった。
 
(3)下手からクラプトンを中心に撮影しているカメラマン。ズームを多用するのだが、全く音楽のタイミングと会わず、また出たとこ勝負ようなズームのため、主題を撮り切れていないため、いつも映像が中途半端。下手なのでクラプトンファンの見たい演奏部分があるのだが、このカメラマンにはそのセンスが感じられない。
 
(4)正直言って、武道館を撮影し、編集したチームは相当に反省して頂きたい。クラプトンに全く興味がないか、もしくは興味もないし、音楽的なセンスも全くない人が映像ディレクションしたんだろうな・・と感じる映像だった。撮影費が幾らだったのかはわからないが、クラプトン様の最後のツアーを残すための撮影チームとしては、あまりにも腕とセンスが悪くないかね。だからこのDVD、武道館だけが見難いため、全体に集中できなかった。
あれはまさか日本人の撮影隊なのか? そうでないことを祈るが、DVDに撮影チームのクレジットがなくて分からなかった。 

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音楽は握手のオマケか。 [独り言]



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ディスクユニオンの広告コピーがネット上で話題になった。



「音楽は握手のオマケか。 音楽は、手を握るためにあるんじゃない、音楽は、心を震わせるためにあるんだ。」というもの。



これに対してネット上には様々な意見がアップされていた。



総じて言えは、このコピーへの価値観は本当にそれぞれだという事だ。



また音楽が握手のオマケかどうかについて決めるのはユーザーで、ディスクユニオンに言われる筋合いじゃないという意見も多かった。



自由主義経済においてそれは一面正しいのかもしれない。しかしディスクユニオンがこうでも言わねばならない位、音盤(レコード)業界の現在、そして将来は暗い。





ハッキリ言うと、CD・音盤の産業は超斜陽産業で、確実に超縮小市場向かっている。現在のレコードメーカーは、スタッフの高齢化とビジネスモデルの崩壊に喘いでおり、そこに残ってしまった人々が自分たちの生き残りをかけてただただ必死というのが現実だ。

現代において、音盤を買い、それが人生とリンクした記憶を持った世代は、かなり下を見ても45歳以上だろう。それ以下になればなるほど音盤への愛着は薄くなり、30代以下で音盤への愛着があるとすればマニアックな人々の部類に入る。





レコードメーカーで働く人々は、音楽を愛し、音盤を愛し、ミュージシャンを愛している集団だ。そして彼らが輝いていたのは、15年前辺りまでだ。

ここ最近、レコードメーカーに来る新人社員さんは音楽制作のポジションを望まないと聞いている。昔は超花形ポジションだったのにだ。
でもそれはそうだろう。音楽制作のポジションにはビジネスとして未来が無いからだ。若いスタッフがいない職場には、未来はない。



先ほど高齢化とビジネスモデルの崩壊に喘いでいると書いたが、レコードメーカーはスタッフの新陳代謝すら失ってしまっている。





現代においてレコードメーカーは、売れない製品を作り続ける事でしか自分たちの存在を肯定できず、売れない製品を何とか売るために、ミュージシャンやタレントに握手をさせたり、ハグさせたり、サインをつけたり、写真を撮らせたりしている。



つまり、レコードメーカーはituneの出現以後、「音楽・音盤」という自分たちの製品の核の価値を自ら否定し、音楽とは無関係な付加価値に依拠して製品を売るしかないビジネスモデルに行きついてしまったのだ。



また市場では全くと言っていいほど価値のない「音楽」を作って、音楽とは無関係な付加価値をつけなければ自分たちが存続しえないという矛盾の中で暮らしている。時代とは言え、悲しい話だ。(それでも私は年に何枚かCDを買っているが・・・)



しかし敢えて言わせてもらえば、殆どのレコードメーカーは、20年ほど前から予想されたこうした事態に真剣に真摯に面と向かって来なかった。今更慌てての遅いって感じだ。

最近(2016年4月)、やはりこの点に言及した人がいた。ビレバンの金田氏だ。彼の発言は以下で読める。彼曰く、「CDを売るだけの手伝いはもうしたくない。なぜなら売り上げが立たないから。でも、音楽を売る手伝いはしたい。」ということだ。本音だろう。殆どのレコードメーカーは背に腹は代えられないという押し売り商法でCD(音源ではない)という物を売ろうと必死だ。彼らの核心的利益はそこにしかないからだ。
でもこれまでとても美味しいビジネスの上にずっと胡坐をかいて、上手く行きそうになくなった途端、その対策を自分たちで考えず、外の関係者に負荷(握手会、ハグ会、ツーショット写真、サイン色紙などなど)をかけて乗り切ろうとする連中の発想は、もはや産業に携わる者として終わっているのだ。


(ビレバンの金田氏の発言)

http://www.cinra.net/interview/201604-vvrocks?page=4

 



現代における音楽ビジネスは、製品(CD)から体験(ライブ)に置き換わっている。従ってここ5年でライブ産業が急速に伸びてきたのだが、殆どのレコードメーカーはこの波を掴めなかった。製品はコピーされやすく、価値を失い安いが、ライブは逆だ。昔は音盤のための宣伝としてライブが位置されたが、現代において音盤は、ライブの宣伝ツールでしかない。
(ちょっと付け加えておくと、2015年、ライブエンタの大手企業LIVE NATIONは約8250億円の売り上げを出しているが営業利益は1.8%の130億円。かなり利幅が小さい。また事業別でみると、ライブでは約5600億円の売り上げだが、120億円の赤字なのだ。彼らは何で利益を出しているかと言えば、ライブにまつわる広告タイアップと、チケッティングの手数料なのだ。だからライブビジネスが単純に儲かるわけじゃない。)



かつてはアーティストの放つ音楽を愛し、そしてアーティストに憧れ、ライブに行ったが、現代は、アーティストの存在を愛す事からライブに行き、その彼らの放つ音楽が良ければそれも聞くという順番になっている。



今でもレコードメーカーの人たちは1枚でもCDを売ろうと必死だが、かなりのアーティストでもまともに売れない時代だ。従ってベテランと言えるようなアーティストでも、場末感満載の場所での生ライブと即販売会(握手付き)を行うし、K-POP系とかだとハグあり、ツーショットありの、いわゆる「ホスト対応」と呼ばれる方法でCDを販売しなければ売れない。

またAKB商法として批判を浴びた売り方も記憶に新しいが、現代のレコードメーカーは、ボッタくり商法とも言えるやり方をしなければ売上、利益が作れない情けない産業になってしまったようなのだ。



ファン1人に数十万、場合によっては数百万ものCDをこうしたやり方で売り付けるレコード産業は、もはや常軌を逸しているし、産業としての矜持は全くない。



そういうやり方でしか生計を立てられないレコードマンに「矜持」を求めるのは酷なのかもしれないが、それにしても情けない業界になってしまった。



こうした売り方でしか売れないものなら、もはや音盤でなくてもいいんじゃない?って感じだ。ゲームのトランプでもいいし、チューインガムでもいいだろう?



音楽産業は無くならないだろうし、音楽も無くならないが、レコード業界の10年先は全く闇の中である。想像だが、近未来のレコードメーカーは、音へのこだわりを持った個人レーベルがその価値を分かる人だけに送り届けるような形になり細々とした形にならざるを得ず、レコード会社はいずれ、それより大きな組織の部門か課程度になってしまうだろう。



かつてのレコードメーカーの輝きを知っているからことさらに現代のレコードメーカーの実情を見ていて悲しい。



時代とは言え、音楽産業には残酷な時代が来たものだ。

それでも私は音楽が好きだし、音楽の良い時代に巡り合ったと思って感謝している。




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2015年1月から12月の間に見たライブと公演関係のメモと老後の楽しみ。 [ライブ・コンサート]

2015年1月から12月の間に見たライブと公演関係のメモ。
(一部仕事絡みもあるが・・・)

音楽業界で仕事をしていた20代~40代前半(実は今でも関わっているが・・)は
アーティストのスケジュールに縛られたり、意外と金銭的に余裕が無くて
意外に自分の見たかったライブに行けない時代が長く、仕事で見るライブ、または
関わりのあるライブ、運よく誘われたライブ以外には行けなかった。音楽業界にいて不思議な状態だったのだ。
だからこの年齢(50代)になって随分と自分の見たいライブが見ることが出来るようになったのは私の人生の中で叶えたかった事の1つであった。
それでも金銭的制約や時間的制約(加えて体力的制約)などもあり全てを網羅する訳にも行かない。2015年は私の通常からするとかなり見た部類に入り、来年以降はアーティストにもよるが少しづつ抑制的になると思う。
私の世代を彩った1世代上近いアーティストは、特に海外の場合、なかなか日本に来ることもままならない。あと5年もしたら彼らの来日数は激減し当然年齢的にクオリティーも落ちるだろう。
(それでも亡くなる2年前に武道館で見たジェームズ・ブラウン/当時70歳/のライブパフォーマンスの素晴らしさには度肝を抜かれたが・・・)
10年後は皆無になる。また日本のアーティストも見るべき程のパフォーマンスを維持している人は限られるため、自ずと行く人も限定的にならざるを得ない。
そういう意味で、自分の人生を彩ったミュージシャンの輝く姿を見る事が出来るのも、相当余裕を見てもあと10年は無さそうだ。また若いミュージシャンで見るに値する人は大変に残念ながら多くはない。その中でも黒木渚さんはちょっと注目しているが・・・。

2015年はポール・マッカートニーの再来日と武道館公演があり、これはこの年の1つの象徴的な公演だった。72歳のポール、時代とのシンクロもあるが、こういうスーパーミュージシャンはもう出てこないだろう。
武道館公演のチケット代は流石に高かったので4万円の席で良かったが、8万円の第三希望が当たってしまった・・・。まあ人生の記念ってことで行きました。でもライブ自体は前日の東京ドームで見た方が座席的にも視覚的にも落ち着いて見れたせいか、良い印象があった。
武道館の方は余りに客が盛り上がっていて一緒に歌うヤツ、関係なく叫んでいるヤツなどが多く、従ってポールの歌が聴きづらく、またロックコンサートに不慣れな客も多く、そういう意味ではポールに武道館は小さすぎたし思ったよりも楽しめなかった。

美輪明宏さんのロマンティック音楽会と黒蜥蜴(演劇)は以前から見たかった演目であったため実現して良かった。美輪さんの持つ独特のオーラや表現力に触れた事は私の人生にとって大きかった。

サザンオールスターズは変わらずパワーがあり、演奏、演出は円熟味を増し、他の追随を許さない凄さを感じた。デビュー直後の1978年を振り返るとここまで息の長いアーティストになることは想像出来なかった。

IDINA MENZELは例の「Let it go」で一世風靡した歌手だが、私は例の映画をまだ見ていない。彼女の歌は本当に素晴らしかった。日本のミュージカルファンは彼女を「RENT」のキャストで認識していたようだが、多くの客がRENTを歌えていたのは驚いた。

BOZ SCAGGSは実は初めて行った。70歳を超えた彼は流石に枯れていたが、それでもとても素敵だった。

Charさんも遂に還暦。カッコイイ還暦ロッカーだ。そのお祝いの武道館ライブは数々のゲストが来たが、やはり彼の演奏がダントツに素晴らしく永遠のギターキッズを絵に書いたような感じだった。本当に素敵なロックギターリストだ。

ALFA MUSIC LIVEは、ある意味私が一時期関わった時代と場所であり、ALFA MUSICのあった田町の5階のビルから見えたボーリング場と数々の名作を生んだスタジオの映像が蘇る時間だった。アルファのAスタジオの空気が懐かしい。
(ついでにある時、昼飯に頼んで届いた餃子と中華丼が仕事の進行の理由で食えないまま帰らざるを得なかった事も思い出した)

ホール&オーツ、4年振りだっけ? 難点だったのは座席がアリーナだったため、1曲目から客が立ち上がった事で立って見るはめになったこと。また私の前にいた男2名が比較的背が高かった事。私も背が高い方だが結構邪魔になった。
おまけにこの2名は2人して自分たちの世界に入り込んでいて話しをしたり動いたり叫んだりで落ち着かないし視覚的にも邪魔だったこと。最近ロックコンサートに変やヤツが沢山来るよな・・。演奏中にずっと喋っているヤツとか、無関係に奇声を上げるヤツとか突然スマホのメールチェックするヤツとか。そういう客が周囲に居ると残念ながら演奏に集中出来ないので行っても結構哀しい結果となる。武道館は1か2階南の1列目から5列目辺りで見るのが最高だな。アリーナならBブロックの1列目だな。もはやアリーナ席は嫌いだな。

桂歌丸師匠は、ご病気回復後の公演だった。会場には結構若いお客さんも多く、落語の幅広い人気を感じた。
80歳を超えて現役の師匠の落語は円熟味があり楽しい時間を過ごせた。

6年ぶりのエルトンジョンのライブは時代を生き抜いたロックレジェンドの凄みを感じた時間だった。

井上陽水さんは中学時代からの私の憧れだ。「傘がない」がキッカケだった。
2014年には「氷の世界ツアー」を行い、今年は「UNITED COVER-2」でのライブだ。
ここ最近は歌唱方法が円やかになり更に素敵な魅力を発している。
それにしても素晴らしい声と歌、そして曲を持った人だ。喋る声も素敵過ぎる。男の私が言うのも変だがウットリする。

山下達郎さんのライブは1980年12月のRIDE ON TIMEツアーからなので早35年の付き合いだ。
彼のライブだけは1980年以降、1ツアーで最低1公演は見てきた。しかし私はタツローマニアの中でもうるさ型じゃない。
山下達郎さんの音楽に始めて触れたのは「DOWN TOWN」だがコンスタントに聞くようになったのは1978年の「Go Ahead」というアルバムからだ。当時私の周囲で山下達郎さんを知っていたのは4人だけだった。
仲間内では、こんな最高の音楽が一般に浸透しないのが全く理解出来ない!!と息巻いていたが、それでも彼の音楽は素晴らし過ぎて世間的には売れないだろうな・・という感覚もあった。従って1980年にRIDE ON TIMEが売れた時は複雑な気持ちになったもんだ。
ここ数年は私と同世代の親の影響なのか若いお客さんも増えてきて公演のチケットが取りにくくなってしまったが、達郎さんも芸歴40年。

2015年のツアーからそれまで数十年に渡ってコーラスを担当していた女性2人の交代があった。
ファン連中の間ではちょっと話題だった。
交代の真相は我々には分からないが、明らかだったのはコーラスの音像が明らかに80年代に近くなったということだ。
長年のポジションの交代を告げられたお2人の心の内は想像に域を出ないが、プロの世界とはこういう厳しさが厳然とあるし、達郎さんも音楽の質を維持し生き残りのために必要な措置を講じるという厳しい姿勢は、ともすれば長年の付き合いで馴れ合いになりがちな仕事仲間に対しても、決断せねばならない時があるという事を見せつけられた思いがある。

いずれにしても達郎さんが、私にとって相変わらず素晴らしく、私の永遠のアイドルである。

あと、2015年のライブ鑑賞の最後となる12月22日の中野サンプラザは見る側の私としてはちょっとコワゴワという感じだった。達郎さんにとってサンプラザは業界関係者や昔からの煩いファンが多く集まり余りやりやすい場所じゃないと公言しているからだ。
実際数年前に同じ場所で見たツアー最終日(5月だったっけな?)では前半部冒頭のMCで前方の客が何か言ったらしく、「そういう事言うなら あんた、帰りなさい!」と一喝。
客席内が氷ついてしまったが、長年見ている私は「あ~あっ・・」って感じだった。ああいう客がいるだけでライブを台無しにしてしまうのだ。
しかし今回会場内は、今までには見た事がないほどの女性のお客さんが居て、達郎さんにこんなに女性客っていたっけ??という程だった。演奏冒頭はいつものようにちょっと険しい表情で客層を見ながらの演奏で、双眼鏡越しに表情硬いなあ・・って思いながら見ていた。おまけに座席が1階のPA席の7列程度後ろだったため、2階の天井がかぶっていたせいか、音がデッドで、サンプラザってこんなに音が地味だっけ?という感じだった。達郎さんもMCの中でサンプラザの音がデッドだと言っていたが、私の座席の音はそれ以上にデッドな感じだった。(前の月にみた神奈川県民が2階席で音的にも会場鳴りも凄く良い印象があったかもしれないが・・・)。
逆に演奏パーツが物凄く良く聴こえたが・・。
何度もサンプラザに行っていたが、ホールの鳴り方っていうのは座る場所によってこんなにも違う事が分かり、難しいもんんだな・・と体感した日だった。
それでも演奏は続き、8曲程終わった時のMCで「今日のお客さん・・・、イイワ・・」とボソっとおっしゃった。
その後何度も何度も「いやあ、今日のお客さん、本当にいいわ・・。」と繰り返し、私の達郎さんライブ参加史上、最もお客さんを褒めたライブとなった。
やはり女性客の存在が大きかったのかな? あんなにライブの雰囲気が良くならこれからも女性に沢山来て欲しいな・・・。
当然演奏も興が乗り終盤に向かって円熟味を増し、私も演奏に没入していった。
私の前の座席に人の頭が大きくて視界が遮られて演奏に集中出来ない不幸はあったが、結果的に素晴らしいライブだった。終演22時。いつも通りタップリの演奏。(まだ聴きたいが・・)
中野の商店街で夕食を取り帰宅。ずっとホンワカした夜だった。

達郎さんも言っていたが私(たち)は音楽の良い時代に恵まれたと言って良いだろう。ミュージシャンの質も音楽の質も高く、音楽と人生が良い具合にシンクロしてくれた。
ホントに良かった。

東京に住んで37年。
高校生まで田舎暮らしの私にとって東京で起こるイベントは遠い存在だった。
東京の大学に行こうと思った理由は、東京で起こるイベントを身近にしたかったからだし、音楽業界は東京にしかなかったからだ。
お陰さまでその恩恵には随分と恵まれた。
東京に住んでいなかったら体験出来なかった事は多い。そういう意味で東京の文化集中度は驚くべき量と質だ。
いつか田舎に戻り地味な老後を迎える日まで、心おきなく東京で起こるイベントを楽しむつもりだ。
ライブで楽しめる質を持ったミュージシャンたちもやがて高齢化し消えて行くだろう。
美術絵画もある程度まで見る事が出来れば十分だろう。それでも興味は尽きないだろうが・・・。

(リスト)
01月24日(土) ハ・ジュウォン ファンミーティング(中野サンプラザ)
01月30日(金) 美輪明宏 ロマンティック音楽会(五反田ゆうぽーと)
04月27日(月) ポール・マッカートニー (東京ドーム/OUT THERE2015)
04月28日(月) ポール・マッカートニー (武道館/OUT THERE2015)
05月26日(火) サザンオールスターズ (東京ドーム/葡萄ツアー)
06月04日(木) IDINA MENZEL (武道館)
06月11日(木) BOZ SCAGGS (渋谷オーチャードホール)
06月15日(月) Char 60歳 Rock+(武道館)
07月20日(月) キム・ジェウク ファンミ(舞浜アンフィシアター)
08月30日(日) ソ・ジソブ ファンミ(中野サンプラザ)
09月12日(土) 黒蜥蜴(演劇/池袋芸術劇場)
09月23日(水) NU'EST BRIDGE TO THEW WORLD(舞浜アンフィシアター)
09月27日(日) ALFA MUSIC LIVE(渋谷Bunkamuraオーチャードホール)
10月07日(水) BORO in パラダイスカフェ(馬車道)
10月19日(月) ホール&オーツ(武道館)
11月14日(土) 桂歌丸(横浜関内ホール)
11月16日(月) 山下達郎(横浜県民ホール)
11月18日(水) エルトンジョン(横浜アリーナ)
12月05日(土) 井上陽水 UNITED COVERE-2(国際フォーラム)
12月08日(火) 防弾少年団(横浜アリーナ)
12月22日(火) 山下達郎(中野サンプラザ)


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井上陽水さん UNITED COVER-2 LIVE at 国際フォーラムA 2015年12月5日 [ライブ・コンサート]



井上陽水さん UNITED
COVER-2 LIVE at
国際フォーラムA



2015年12月5日(土曜日)17時10分開演。 


 

セットリストは写真の通りだ。ちなみに全公演のセットリストが出ているWEBがあった。便利な時代ですな。闇夜の国から、聴きたかったね・・。

http://www.livefans.jp/groups/66429



DSC_1297.JPG



2時間20分のライブはアッと言う間だった。



国際フォーラムAの長蛇の入場状況を見て、今日は本当の意味で満員だろうなと感じた。

満員御礼という会場入り口の表示は、多少情報を盛りがちにする芸能分野と言えども

今回の満員御礼は嘘ではないだろう。

DSC_1280.JPG





陽水さんは、1969年にアンドレ・カンドレという芸名でデビューしてから46年の芸歴となるが、未だに国際フォーラムA(キャパ5000人)が満員に出来るパワーがある。

今年67歳。凄いことだ。


長い年月を振り返っても井上陽水さんのような声の持ち主には出会っていない。

そういう意味で強力なオリジナリティーを持ち、風雪に耐え、現在があるのだろう。

年齢と共に歌唱方法を変えてきているが、

昨今の歌唱方法はシャンソンを感じさせる柔らかく包容力に満ちたものだ。

さすがに若い頃のような歌い方は難しいだろうが、風雪に耐えた現在の声と歌唱も

他の追随を許さない。


当方の年齢を重ね、若い頃とは趣味もテイストも変化しているのだが、

そういう意味でも陽水さんの音楽と声は心地よい。

今回はUNITED COVER-2というアルバムの発売に合わせた形のツアーだったが、

あの声で歌ってくれるなら、ある意味何を歌ってくれても素晴らしい。

それでも彼のオリジナル曲に人生を投影する多くのファンにとって

彼の作品はかけがいのない記憶を呼び起こしてくれる。
「傘がない」は私が陽水さんを最初に好きになるキッカケを作った印象的な名曲だ。ライブで聞いたのは久しぶりだったが、何度聴いても素晴らしい。

今回、最後の曲として歌った「結詞」は、アルバム「招待状のないショー」の中の1曲だが、自分の中学時代にあのアルバムを聞いていた光景が怒涛のように眼前に拡がり不覚にも思わず涙してしまった。俺も泪脆くなったもんだ。


2014年の「氷の世界ツアー」の最後の曲は、アルバム「二色の独楽」に入っている「眠りにさそわれ」という曲だったが、この曲も同様に心を揺さぶられたものだった。

MCで語っていたイタリアの洋品店で求めた高価なシャツの話は本当に面白かった。

陽水さんがお金を支払う際に”クラクラとした”というあのシャツ、一体値段は幾らだったのか?
それを言わず想像させるところがニクいな・・。


陽水さんにしろ、山下達郎さん、桑田佳祐さん、小田和正さん、中島みゆきさんなど素晴らしい日本のミュージシャンが輩出された同時代に生まれ、生きる事が出来たのは、ある意味幸運だった。


そしてさらに幸運だったのは、彼らがまだ現役で我々の前で素晴らしいパフォーマンスを展開しているという事実だ。

加えて今回陽水さんのバックで演奏していたミュージシャンたちの質の高さも素晴らしいかった要因の1つである。


ドラムの山木秀夫氏、ベースの美久月千晴氏、ギターに長田進氏と今堀恒雄氏、キーボード(シンセ)小島良喜氏、コーラス澤田かおり氏とfasun氏とレベルの高い布陣だ。

小島氏は80年代桑田バンドでも活躍していた方だが、年齢を重ねるに従い演奏が素晴らしくなる一方だ。山木氏は亡くなった青山純氏や現在でも活躍中の村上”ポンタ”秀一氏と並ぶ日本のドラマー界のベテランだ。

時折ふと、今の10代、20代を彩っているはずのミュージシャンたちは、30年後も一線で同時代を生きた人々たちの前で同じようなレベルでやっているのだろうか?と思ったりする。もちろんそういうミュージシャンも沢山いるだろう。

現代では音楽が時代を切り開く力を失っていると言われ、それは確かに事実だが、

それでも手前味噌な言い方をすれば、我々の時代の音楽は計り知れないほど人生を豊かにしてくれた。

今回会場内で「クラムチャウダー」のCDを買い求めた。1984年のライブだが、油の乗った時代の彼の声、そして大村憲司氏のアレンジとギターは今聴いても凄いの一言だ。大村氏は1998年11月に他界したが、惜しいことだった。
このレコーディングのエンジニアが知り合いの大川正義氏だったのは今回初めて気がついた。あのオジサン、意外に良い仕事するな。

クラムチャウダー

クラムチャウダー


 

さて、今回の井上陽水さんのライブに行き、改めて私の人生を彩ってくれた音楽の素晴らしさを実感した。

出来れば若い人たちにも体験しておいて欲しい。圧倒的なプロとはこういう人たちだ・・ということを知って欲しいからだ。

もうこんなヴォーカリストに会うことはないだろうから。

12月はもう一人の私が尊敬して止まないミュージシャン、山下達郎氏のライブが控えている。陽水さんと達郎さんには共通点がなさそうだが、私にとってはある。それは「声」だ。私はずっと高い声を持ち唄が上手く素晴らしい曲が書けるミュージシャンが好きだった。特に「声」の占める割合は大きい。
陽水さん67歳、達郎さん62歳。どちらも還暦を過ぎ、しかし現役感を失わずに活躍している。そう考えると私の好みって意外と良いセンスをしていると言えるかもしれない。

UNITED COVER 2

UNITED COVER 2

  • アーティスト: 井上陽水,ジョン・レノン,永六輔,宇多田ヒカル,来生えつこ,岡本おさみ,松任谷由実,佐伯孝夫,浜口庫之助,北山修,ポール・マッカートニー
  • 出版社/メーカー: ユニバーサル ミュージック
  • 発売日: 2015/07/29
  • メディア: CD



 




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山下達郎様 Perfomance2015-2016 神奈川県民ホール(11月16日) [ライブ・コンサート]

山下達郎様 Perfomance2015-2016 
神奈川県民ホール(11月16日)について。

まず、ツアー中のためセットリストは一切掲載しておりません。
演出的な面へのコメントも致しませんのであしからず。

グダグダした個人的感想のみです。

2F上手寄り方向から見ました。9列目だったので、最前列であったのは幸運。

本当に素晴らしかったです。
私は、1980年以来毎ツアーを見ている、ある種「古い客」ですが
今回のライブは選曲も含めひときわ良かったです。
私は達郎さんがライブでおっしゃるような湿度の高い古株じゃないので、
いつも何を演奏しても楽しんでおりますが、
今回は色々な意味で楽しかったです。

まず、歌が素晴らしかった。
もちろんいつも素晴らしいのだが、
何かちょっと憑依的に凄かった。何と言えば良いのか・・。
元々凄いんだが、その上の凄さだった。
どうしたんだろう???・・・って位でした。
(これは他の多数の人が指摘していましたな・・)
最初の曲から良かったが、最後までずっと良かった。
2日連続の公演の2日目だったので、ちょっと心配もしてたのだが、
関係ありませんでした。
とても62歳とは思えない発声であり、歌でした。
内心ご本人には色々な部分があるんだと察するし、
もちろん達郎さんの30代と比較すれば、違う評価もあるのだが、
声艶は、ここ最近では一番良い感じに思えましたな。

演奏はいつもに増してもちろんいいのだが、今回新しいメンバーとして参加した
コーラスの女性2名、素晴らしかった。
あの音像、音色は新鮮だった。
(佐々木さんたちが悪かったという意味じゃないです・・。ここらは表現が難しい・・・)
80年代の音像と言ったらいいのだろうか?
そういう感じでした。


PAも良かった。余りに音の分離が良いので、誰か間違えたら全部分かりそうなほどだった。
ベースがハッキリと聞こえていたのはグっときたし、ヴォーカルが物凄く明瞭だったのも素敵だった。
デジタルコンソールのせいかな?
個人的にはもうちょっとドラムのスネアのピッチが低めにチューンされているか、
低域がもう少しあると嬉しいが、私が判断することじゃないしね。この辺は小さい話です。

あと、お客さんが良かった。
達郎さんはお客さんの空気が結構演奏等に影響する部分がある方のようですが、
幸い県民ホールのお客さんはとても良い反応をしてくれ、楽しんでいたようなので、
演奏にも良い反応があったようでした。
達郎さんのパンフのコメントにもそういう趣旨が書かれていたが、
その見本みたいなライブだったかも。

誰かがTwitterに「若い人でミュージシャンを目指す人がこのライブを見たら、
とてもこのレベルに太刀打ち出来ないと夢を諦めるかも・・」と書いていたが、
まあ、本当にそうだな・・と思った。
こんな人たち、他に居ないよな・・・。同じ時代に生きていてくれて感謝。

食わず嫌いの人には山下達郎さんの音楽はちょっと縁遠いかもしれないが、
一度ご覧下さい。
こんなミュージシャン、他に居ないですよ。

でもなかなかチケットが取れなくて困りものですが・・・。
できれば1970年代の売れてない達郎さんの時代に戻って欲しいが・・。
もう無理だね。

40年かあ・・。凄すぎるな・・。

ちなみに2015年の東京最終公演となった中野サンプラザ、そして2016年の東京最終公演となった3月24日のNHKホールにも行ってしまった私・・・。NHKホールは2日目だったが、中盤過ぎたところで「エヘン虫」が出てきて、珍しく唄にいがらっぽさが出る場面がほんの少しだがあった。冬の乾燥か・・・?
ご本人も気にしていたようで、この日はセットリストにないと思われる曲が追加演奏された。また2月に亡くなった村田和人氏を悼む演出もあった。
実際年齢的にも、あの高音を維持しながらの3時間半のライブは、なかなか負荷が大きいだろうな・・と思いつつ、今後も変わらずに頑張って欲しいと願った次第。2017年のツアーは春以降と言っておりましたが、その時は64歳。私も達郎さんもなかなかの年齢になってゆきますな・・。


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