So-net無料ブログ作成
検索選択

Queen“Bohemian Rhapsody”のサウンドの秘密を探る Part-14 [音楽に関わるブログ]

TB-2.png

 北ロンドン、1972年。ベイカーはウェンブリにあるDe Lane Lea studioの視察をしている時に当時はまだSmileと名乗っていたQueenと会った。
ベイカーは回想する。
Queenの連中はスタジオのテストに乗じて無料でレコーディングをしていたんだ。バンドについては全く知らなかったね。それよりもこの新しくて巨大なスタジオがどんなものなのかって事の方が私には重大関心事だったんだ。そんな時に彼らのデモを聞くことになったんだ。デモを聞いただけの段階で既に彼らの音楽は素晴しさは理解出来たよ。そしてフレディーをその辺りに腰かけて話を始めたんだ。」

Queenがトライデントオーディオプロダクションとの契約を済ませると、デビューアルバムとなる“Queen”の制作をベイカーとエンジニアのジョン・アンソニーと共にトライデントの空き時間、つまり朝2時に開始して昼飯前までの時間を利用して開始した。

「ブライアン・メイの豪勢で何度もダビングされたギターパートはベイカーがスタジオに来るまでに作業を終えていた。ブライアンは他のギターリストが通常とる方法とは違い交響楽的観点でギターを使っていた。私(ジョン・アンソニー)はデッカに居た時に学んだクラシック音楽の知識がほんの少しあったので、ギターのフレーズを重ねる際の音の構築に際して助言することが出来たんだ。
我々はブライアンのギターが他のギターリストのような野暮なものでなく、オーケストラの楽器の1つだと考えていたんだ。ブライアンの長所としては、ユニゾンで演奏するにしても、ハーモニーを創り出すにしても非常に正確に演奏し、尚且つ作業を早く済ませられる点だった。」

'Bohemian Rhapsody'
の栄光の瞬間を彩るゴングは、1974年“Queen II”の発売に辿る事が出来るだろう。
「このアルバムが発売されている間、我々は随分と顰蹙を買っていたんだ。我々はこのアルバムで音楽的にはメンバーが、技術的には私が実験的なアイデアを実行したんだよ。フレディーからは、退屈な生演奏をするバンドには使えないようなアイデアがあれば我々に試してくれと言われていた。逆回転で再生するシンバル音、ゴング音、タムのフィルなどQueenが嘗て試した事のない音がこのアルバムには含まれているんだ。Queen IIはこれより後にQueenの特徴的な音として認知される音源群で溢れた台所のキッチンシンクみたいなアルバムだったのさ。音楽的にはバラード、ヘビーロック、それに複雑を極めたアレンジなど、全てこのアルバムが根源なんだ。フェーズ効果もそうだった。おまけに全て手作業でやったんだよ。だってそんな効果を自動的に作り出すイフェクターなんて当時存在しなかったからね。フェーズ効果を得るためにスタジオの部屋中に手動でテープを走らせて効果を得ていたんだよ。」

フレディーは、西ロンドンのケンジントンにあるホランド通りの自宅でBohemian Rhapsodyというロックオペラの傑作を生み出した。約6分間に及ぶ楽曲は、アルバム“A Night at the Opera,”に含まれ、バンドがブレークし、100万枚を優に超えるセールスを記録したことでQueenの代表的な楽曲となった。ベイカーは、フレディーがどんな風に曲の冒頭のバラードをピアノで演奏してくれたのかは既に述べたとおりだ。Queenは楽曲の殆どをスタジオで書くという歴史があった。しかしブライアン・メイによればBohemian Rhapsody”はスタジオで演奏する前からフレディーの頭の中にあったと語っている。ブライアンはこの曲が叙事詩的で
知的好奇心を刺激し、極めてオリジナルで、なおかつやるべき価値のある楽曲だったと述べている。

Bohemian Rhapsodyがオペラの真似ごとのような捉えられ方をされながらも、フレディーは、ありきたりのロックミュージックの有り様とはかけ離れたものを求めており、彼はそれを実現した。


つづく

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この記事のトラックバックURL: